2013年11月7日|小林 克典|評論
1 今月の9日から12日まで、北京において、中国共産党・第18期中央委員会の第3回全体会議が開催される。5年に一度開かれるこの中国共産党の全体会議は、過去においても、中国の基本方向を定める場として有名な会議である。新聞報道によれば、習近平氏は、第14期の3中全体会議に匹敵する重要な会議になると述べたという。1993年11月に開催された第14期の3中全体会議は、1989年のベルリンの壁の崩壊、1991年にソ連の崩壊を受け、中国の後進性も含め、社会主義体制の存続が問われた年であった。そこに登場した鄧小平氏は、「改革開放」「市場経済の重視」という近代化路線を目指し、5カ年計画を策定し、その実現に邁進したことは広く知られるところである。
2 この鄧小平氏は、筆者が高校生の時に、テレビ場面で見たことがあり、強く記憶に残っている。その場面は、首からプラカード(走資派とか、これ類する言葉が書かれていたと記憶する)を下げ、紅衛兵らしき若者に両脇を抱えられて、衆人環視の中で立たされている姿であった。当時、彼は北京市長の職にあった。鄧小平氏の「黒い猫でも、白い猫でも、鼠をとる猫は良い猫である」という名文句があり、「七転び八起」といわれる程、強運の持ち主であるが、彼の復活劇に周恩来首相の力があったことも現在では広く知られた史実である。
3 現在の中国共産党が抱える問題は、識者が指摘するように様々な問題がある。「格差社会」「汚職の蔓延」「環境破壊」など深刻な課題が目白押しである。「格差社会」から落ちこぼれた農民・都市の下層階級は、キリスト教や他の宗教に救いを求め、その数は1億人に迫るというNHKの報道があった。中国政府は「官製儒教」の教えを広めて対抗しようとしているが、その行く末は不透明である。「改革開放」と「市場経済の重視」によりいまや世界第2の経済大国となったものの、その基盤は盤石ではない。最近、天安門広場において、「ウイグル族」による自動車爆破事件が起きた。中国政府はこれを「テロ」と呼び、また、報道機関に対しても思想教育の一層の強化を始めている。中国政府は何にそのように恐れるのか。それは、歴史が証明するように自国民であろう。中国4000年の歴史と言えば、統一王朝が起こり、次に官僚腐敗、民衆の蜂起・反乱、最後の分裂と再集合という繰り返しである。昔、孫文が日本に在来していた頃、訪れたどこかの海辺で、海岸の砂を手に握りしめ、指の間から漏れ落ちる砂粒を指して「これが中国人民だ」と慨嘆した話を思い出す。この砂粒のような人民を「共産主義」という強力な糊でまとめ上げたのが、毛沢東であり、周恩来の革命第1世代である。周恩来がパリで地下活動をしていたおり、鄧小平はその使い走りをしていた頃の古びた写真を雑誌で見たことがある。鄧小平氏は革命第1・5世代である。
4 民衆の怒りこそが中国の時代を動かす力であることは、歴代の指導者は良く知っており、その怒りの矛先に先んじて「処方箋」を講じることが指導者の役割であるが、第18期第3回全体会議において、習近平氏は、どのような内容の「処方箋」をするのか極めて興味がある。中国共産党という一党による支配は、「格差社会」や「環境破壊」と言った「市場の失敗」について、より効率的に対処できる利点も有するが、13億以上の国民を代表するその正当性について、今後どのように舵を取って行くのか、目が離せない国でもある。
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