2013年7月24日|岡 邦俊|映画と法
6月28日(金)、カシュガルの南西約200キロ・標高3700メートルのカラクリ湖へ。道路はパキスタンに通じる立派な国道で、険しい谷間の対岸には、三蔵法師も通ったという細い旧道が一部残されています。カラクリ湖では、悪天候のため、対岸の7500メートルを超すムスタグ・アタやコングールなどの雪山が見えず残念でした。
カラクリ湖の少し手前に、数年前に建設されたダムによる美しい人造湖があり、岸辺に、水没で牧草地を奪われたカザフ族に補償として与えられた鉄製のマッチ箱のようなプレハブのおみやげ屋が軒を並べています。しかし、立ち寄る観光客は稀で、大半の店は閉められたまま。それまでのカザフ族の遊牧生活は、おそらくは映画「三姉妹」が描く雲南辺境の農民のような惨めなものに違いないのですが、それにしても、もう少し血の通った少数民族自立の政策はないものか…。
6月30日、ヤルカンド北方のメルケトで、無形世界遺産に登録されている農民たちの古楽器のバンド演奏と踊りを見た後、7月1日(月)からホータン(和田)に2泊。ホータンは、古代から「玉」(和田玉)の産地として知られ、人口約30万人の95%をウイグル族が占める。モスク周辺の職人街やバザールには、独特のウイグル帽をかぶった男たちや、スカーフで髪を包んだ女たち―いずれもアーリア系の顔立ち―であふれ、中国を旅行していることを忘れさせます。市内の漢族とウイグル族の居住区ははっきり分かれているようです。
近年、ホータンの農民たちは、一攫千金を夢見て「玉」探しに熱中し、豊かな農地をパワーショベルで掘り返すようになりました。ホータン川沿いの農地や宅地などは、埋め戻しもないまま土が流出し、見渡すかぎり月面のクレーターのような無残な姿をさらしています。「玉」を掘り当てたウイグル農民は、豪華な家を新築し、クルマを買って見せびらかし、失敗者は土地(耕作権)を手放し零落する…という現象が続いているとのこと。改革開放路線下の弱肉強食の現実を見る思いでした。
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