教育への投資から未来を考える

1 筆者は、現在、独立行政法人日本学生支援機構の「契約監視委員会」の委員として仕事をしています。この「契約監視委員会」というのは、平成21年11月17日の「独立行政法人の契約状況の点検・見直しについて」と題する閣議決定を受け、総務省行政管理局からの要請を受けて、各独立行政法人の監事及び外部有識者により構成されたものです。現在、独立行政法人は、特定独立行政法人が8法人、一般の独立行政法人は94法人があります。独立行政法人は民間企業との間で様々な契約を締結しますが、過去において、市場原理を無視した契約が「随意契約」の名の下に温存されていたことの反省から、その透明性を確保すべく、「契約監視委員会」のチェックを経て可能な限り競争性を持たせた契約に切り替えようとするのが目的です。

2 日本学生支援機構は、日本おける唯一の公的な奨学金の給付事業を行う団体です。2012年に限っても、全学生(大学・大学院・高専・専修学校)394万人余のうち、奨学金受給者は123万人余です。日本学生支援機構の事業費は1兆1000億円を超えるものです。奨学金については、無利息の第一種奨学金と利息付の第二種奨学金があることはご存知の方も多いと思います。現在、この奨学金の返還の滞納が問題となりつつあります。
滞納額は約800億円で滞納者は約34万人に達すると報道されています。平成23年度において、回収予定額は4639億円で、その対象人数は303万人と見込まれています。返還滞納が生じるのは、これまでの日本経済の状況を考えれば至極当然のことと思われます。バブル崩壊後、就職氷河期やデフレ経済のもとでは、職を得ることが容易でなくなり、ようやく職が得られても非正規の社員であったりして、職自体が不安定で所得も低いのです。更に、デフレ経済の下で日本の企業が取った行動は、人件費を中心とする間接経費の絞り込みであります。そのため、製造業は人件費の安い海外に進出し、国内で働く就業者は、季節的調整が可能な非正規の労働者が多くなりました。現在、安倍のミクスによる金融緩和政策等により、円安、株高が演出され、輸出型の大企業は恩恵を受けておりますが、サラリーマンの実質所得は上昇していません。サラリーマンの所得が上昇しない中で、教育の支出は漸増しており、大学を始め高等専門教育を受けるための経費は、家計の大きな負担となっています。最近のOECDの調査では先進国の中で、GDPに比して、公教育に対する支出が低い国として日本が挙げられていたのは大変ショックです。安倍政権は第三の矢である成長戦略を色々と論じていますが、目先の成長戦略より、教育に対する中・長期的な成長戦略を考えるべきかと思います。一つは、就学前の教育に対する公の投資の増大です。アメリカの調査でも、家庭の社会経済状況を反映した学力格差は小学校1年生の段階で既に存在しているとされています。不利な社会経済状況にある家庭の子どもは、小学校、中学校で豊かな家庭出身の子どもに学力の差をつけられており、それはそのまま、その後の低学力、低学歴につながり、大人になっても不利な社会経済状況に立たされるという貧困の連鎖に繋がります。この連鎖を断つ必要があります。二つめは、大学を始めとする高等教育の見直しです。国際比較では、日本は高等教育における私学の占める比率が高いとされており、その費用も安くありません。平均的なサラリーマンの家庭で2人の子どもを私立大学に通わせることは至難の業です。現在の大学は「金太郎飴」のような大学が多すぎます。ハイテクばかりでなくローテクでも有用性に優れた物を作り出すことは日本人の特性にむいていると思われます。その意味で、技術や実学に重点を置く高専などを公費により一層充実させた方が良いと考えます。日本学生支援機構の奨学金についても、貸付から給付への方向に切り替える事が望まれます。給付となれば財源を確保しなければなりませんが、将来の教育に対する投資こそ優先順位は高いものと位置づけることは多くの国民の賛同を得るものと考えます。

3 日本の将来の財政については、1000兆を超える借金の存在から悲観論が優勢です。この借金は、現役世代が引き継いで負担していくにはあまりに巨額なものです。高齢世代と若年世代との世代間の公平性は完全に失われている現状を前提にすれば、この世代間の不公平性を修正することは当然の事です。年金の受給年齢の引き上げも世界の趨勢であり、近いうちに65歳から68歳に変更になると思います。また、医療費の総量抑制もやむを得ないものと考えます。最近、出版された「2052」というヨルゲン・ランダースの著書に「公平さをめぐる世代間の争い」という項目があります。そこでは2020年代に、最初はヨーロッパ諸国、米国、その他のOECD加盟国において、世代間の緊張が増加して、大きな社会変動が起こる可能性があるとされている。これは議会での平和的な変化を通じてではない可能性がむしろ高いというのは少し驚きですが、私は、むしろ中国のような社会で大きな変動が起きるのではないかと予想しています。ヨルゲン・ランダースは「21世紀の後半までに、この世代間の闘争は終わり、人類はより公平で持続可能な世界を築く、若者はより幸せになり、年配者はその犠牲となる。」と結んでおり、完全な年配者である私は少し複雑な気持ちにさせられます。2052年は私が百歳に当たる年なので、そこまで生きて予想の当否を見てみたい気持ちになりました。

貧乏弁護士に新事件が…-「評決」(シドニー・ルメット監督,1982年)(1)

弁護士過剰のアメリカで揶揄的に使われる言葉に“Ambulance Chaser”があります。サイレンを鳴らして走る救急車を追いかけて、被害者や遺族から訴訟などの依頼を受けようと事件現場や病院に現れる、“仕事あさり”の貧乏弁護士を指します。

「評決」The Verdictでポール・ニューマンが演じる“飲んだくれ弁護士”のフランク・ギャルビンも、まさにその1人。新聞で、見知らぬ人の0bituary(死亡記事)を見ては葬式に参列し、死者の妻に「生前、懇意にしていただいた」などと名詞を差し出して相続事件などの依頼を受けようとするが、成功率はきわめて低く、面罵されて追い出されることもある。妻とは離婚し、手持ち事件は3年間でわずか4件で、荒れ果てた事務所には秘書を置くこともできません。
見かねた友人の弁護士が、「おいしい」仕事を回してくれる。3年前、出産のためにカトリック教会系の大病院に入院し、麻酔ミスで死産のうえ、すべての知覚・感覚を奪われてベッドに繋がれたままの女性(の妹)が依頼者です。すでに訴訟は提起されていて、病院側は、医療過誤を隠すため、新任のギャルビンに示談金21万ドルを支払うと提示。ギャルビンは、着手金を取らない代わりに、3分の1の7万ドルの成功報酬を簡単に手にすることができるとニンマリする…。
しかし、「金のための三百代言」に成り果てたギャルビンに、植物人間としてベッドに横たわる被害者を見つめるうちに、弁護士としての社会正義の感覚と闘争本能がよみがえる。ギャルビンは、無謀にも、この「おいしい」提案を拒絶して、医療過誤であることを証拠に基づき判決で明らかにしようとする…。

「評決」(シドニー・ルメット監督,1982年)(2)に続く

「治外法権」の天領-新疆ウィグル自治区を旅して(5)

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1949年、人民解放軍が新疆ウィグル地区を「解放」した後、毛沢東は、国境警備(民族紛争対策も?)のため、一部の兵士を帰郷させず屯田兵として残留させました。それ以来、同地区には自治区政府の権力が及ばない漢族のみが居住する「天領」的な軍の直轄地が点在するようになり、現在でも、四川省大地震で壊滅した村の漢族村民をそっくり移住させた例も含めて、新たな漢族居留地が増設されています。カシュガルの人民広場には巨大な毛沢東像が金色に輝き、ホータンの人民広場には、毛沢東がウィグル族の老人を抱擁するかのような像が立っている…。

ホータンの100キロほど手前の国道沿いに、ホータン川から巨大な水路を引いた新オアシスが造成中でした。その奥の従来のオアシスの住民は、全員がウィグル族。新オアシスでは、農業は行われず、奥のオアシスの果物その他の農産物を缶詰などに加工するプラントの団地となる予定ですが、ここでも、住民としては自治区外からの漢族の入居が予定され、ウィグル族は「地域おこし」の「蚊帳の外」だという…。

冒頭で述べた自治区の人口約2100万人には、「天領」の漢族約250万人は含まれていません。後者は、駐留する人民解放軍の軍属として扱われ、統計上区別されているそうです。

終わり

前回の終点だった敦煌郊外の「西の方…を出ずれば」の陽関跡に再び立ち、そのとき参加した親友2人をあい次いで失っていることもあって、感無量でした。しかし、前回は日本人観光客であふれていた敦煌市内も世界遺産の莫高窟もガランとして閑古鳥が鳴くばかり。かつては1日に8組はあった日本人のツアーグループは、今ではせいぜい1組だとか。これは、4年前の大規模なウィグル族・漢族の衝突事件と昨年来の尖閣問題の影響のようです。

敦煌が、シルクロード好きの日本人によってふたたび賑わいを取り戻すことを願いつつ、帰国の途につきました。

就労の機会を奪われ…-新疆ウィグル自治区を旅して(4)

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7月3日(水)に1泊した塔中は、ホータンから国道315号線を300キロほど東進し、途中から「タリム砂漠公路」を200キロ北上した、砂漠のど真ん中にあります。国有巨大企業の中国石油天然気集団公司が、付近一帯の豊富な石油油田を開発・管理するために数年前に造成した町で、ホテルは、かつてのアメリカ・西部開拓地の木賃宿という感じ(隣の建物は荒くれ男たちのためのフウゾク店)。

「タリム砂漠公路」は、同公司が建設した、砂漠を南北に縦断する全長約500キロの直線道路。その工事には貧困省からの出稼ぎ農民が大動員されました。石油施設の建設後は、その維持管理にも多数の単純労働者を必要としています。しかし、地元から見れば絶好の就労機会の到来にもかかわらず、周辺のウィグル族は採用されていない。宗教に起因する生活習慣や食生活の違いで漢族との共同作業が困難というのが、差別の理由とされているようです。

砂漠公路の両側10メートルは、砂防のためのグリーンベルトで、タマリスクなどの潅木が植樹されている。気温が40度を超え、雨がまったく期待できない中でグリーンベルトを維持するためには散水が不可欠で、5キロ毎の道路脇にポンプ小屋が設置され、ディーゼルエンジンでくみ上げられタンクに貯えられた地下水を、細いビニールパイプによって定時に散水する。散水弁を開閉するため、小屋には、3月から10月の酷暑期に泊り込みの人員(多くは夫婦)が配置される。これもウィグル族の就労のチャンスになるはずですが、同公司は、自治区外の出稼ぎ漢族だけを使用。小屋ではTVもラジオも届かず、食料などの必需品は公道経由で公司のトラックが運びます。

新疆ウィグル自治区を旅して(5)に続く

一攫千金を夢見るウィグル農民-新疆ウィグル自治区を旅して(3)

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6月28日(金)、カシュガルの南西約200キロ・標高3700メートルのカラクリ湖へ。道路はパキスタンに通じる立派な国道で、険しい谷間の対岸には、三蔵法師も通ったという細い旧道が一部残されています。カラクリ湖では、悪天候のため、対岸の7500メートルを超すムスタグ・アタやコングールなどの雪山が見えず残念でした。

カラクリ湖の少し手前に、数年前に建設されたダムによる美しい人造湖があり、岸辺に、水没で牧草地を奪われたカザフ族に補償として与えられた鉄製のマッチ箱のようなプレハブのおみやげ屋が軒を並べています。しかし、立ち寄る観光客は稀で、大半の店は閉められたまま。それまでのカザフ族の遊牧生活は、おそらくは映画「三姉妹」が描く雲南辺境の農民のような惨めなものに違いないのですが、それにしても、もう少し血の通った少数民族自立の政策はないものか…。

 6月30日、ヤルカンド北方のメルケトで、無形世界遺産に登録されている農民たちの古楽器のバンド演奏と踊りを見た後、7月1日(月)からホータン(和田)に2泊。ホータンは、古代から「玉」(和田玉)の産地として知られ、人口約30万人の95%をウィグル族が占める。モスク周辺の職人街やバザールには、独特のウィグル帽をかぶった男たちや、スカーフで髪を包んだ女たち―いずれもアーリア系の顔立ち―であふれ、中国を旅行していることを忘れさせます。市内の漢族とウィグル族の居住区ははっきり分かれているようです。

 近年、ホータンの農民たちは、一攫千金を夢見て「玉」探しに熱中し、豊かな農地をパワーショベルで掘り返すようになりました。ホータン川沿いの農地や宅地などは、埋め戻しもないまま土が流出し、見渡すかぎり月面のクレーターのような無残な姿をさらしています。「玉」を掘り当てたウィグル農民は、豪華な家を新築し、クルマを買って見せびらかし、失敗者は土地(耕作権)を手放し零落する…という現象が続いているとのこと。改革開放路線下の弱肉強食の現実を見る思いでした。

新疆ウィグル自治区を旅して(4)に続く

両民族衝突のニュース-新疆ウィグル自治区を旅して(2)

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実は、6月30日(日)に西端のカシュガルを出発する直前に、600キロ東の行先・ホータンでウィグル族の暴動が起こったというニュースが入り、続行が危ぶまれました。帰国してから調べると、7月5日が、4年前にウルムチで起きた、死傷者約2千人という大規模なウィグル族・漢族の衝突事件の発生日に当たるためか、6月26日、自治区北東部のルクチュンで警察署などが襲撃されて35人が死傷し、28日にはホータンでも小規模な衝突が発生したとのこと。

このため、国道での警察や軍隊による検問はきわめて厳しく(軽戦車から数台の機関銃がわれわれに向けられていた)、幻の楼蘭国の遺跡「ミーラン」に外国人が立ち寄ることは禁止されましたが、幸いにも、それ以外にはコースや日程の変更はありませんでした。私たちのような行きずりの旅行者には、この新疆ウィグル自治区が抱える、数千年来の民族問題を理解することはまったく不可能ですが、いくつかの見聞を報告します。

新疆ウィグル自治区を旅して(3)に続く

中国北西部・新疆ウィグル自治区の民族問題について-新疆ウィグル自治区を旅して(1)

「映画と法」中国編を終えるにあたり、最近、同年代の友人7名とともに2週間をかけて旅した、中国北西部・新疆ウィグル自治区の民族問題について感想を記すことにします。

 同自治区(省に相当)の面積は約166万平方キロメートルで日本の全国土の約5倍(人口は約2100万人で日本の約6分の1)。北を天山山脈、西から南を崑崙山脈、東をアルタイ山脈(いずれも4~7000メートル級)に囲まれた、東西約1500キロ、南北約1200キロという、途方もなく巨大な「盆地」です(日本の甲府盆地・約300平方キロメートルの5千倍)。

 かなりの部分が不毛なタクラマカン砂漠ですが、砂漠周辺には氷河からの川や伏流水などによる豊かなオアシス都市が点在し、ブドウ、アンズ、ナツメ、スイカ、ハミ瓜、胡桃などの果物や小麦、綿花、野菜などの農作物の宝庫でもありあます。自治区全体の人口にイスラム教徒・ウィグル族の占める割合は約45%(漢族は41%―ただし後述参照)ですが、僻地になるほど高くなり、90%を越える町も見られます。

 6年前、兵馬俑の西安から蘭州、酒泉、などを経て西端の敦煌まで旅したことがありました。今回は、6月26日(水)、北京から空路で区都ウルムチへ。そこに1泊して、自治区博物館で、井上靖の歴史小説「楼蘭」で知られる「楼蘭美女」(ミイラ)などを見学してから、アフガニスタン国境に近いカシュガルへ飛ぶ。そこからは専用ミニバスで酷暑のタクラマカン砂漠を東進。ホータン、チェルチェン、チャルクリクなどのオアシスの町を経て、アルティン山脈の4000メートルの峠を越えて甘粛省西端の敦煌に至る…というルートです(バスの走行距離は、ほぼ3000キロ)。

新疆ウィグル自治区を旅して(2)に続く

三姉妹(下)

三姉妹(上)はこちら

ワンピン監督の手法は、ジャングルに擬装の自動カメラを設置し、野生動物の生態を記録する方法に似ています。貧しさの極限にあるインインの家の中にカメラを1台据え、もう1台を手持ちにして、村の人々の日常をひたすら記録する。撮られる側もやがてカメラを意識しなくなる。

客観的に見れば、この映画は、共産党政府が2003年以降、雲南省を含む国土の約70%を占める辺境地域で推進している「西部大開発」政策の負の面を鋭くえぐり出すものです。しかし、この映画は、NHKのドキュメンタリー番組のような、ナレーションによる深刻な解説などは一切行わない。政府の辺境政策に対する批判も、「言葉」による限り皆無です。

ちなみに、映画パンフによれば、インイン一家は漢族ですので、貧困と少数民族問題とは無関係のようですが、父が町から連れてきた新たな「母」は、髪覆い(スカーフ)を離さないので、回族(イスラム教徒)かも知れません。 究極の貧困を描くこの映画が観客にもたらすものは、「絶望」ではなく、「希望」です。それは、リウ監督の「再生の朝に」と同様に、ワンピン監督が、インインを通して、人間の尊厳を描くことに成功しているからだと思います。

社外取締役体験記

今年も上場企業の株主総会開催日が集中する6月の第4週が過ぎて1週間が経過しました。筆者は、4年前に親子で上場する企業の子会社の社外取締役に就任しましたが今年の株主総会で再任され、3期目を迎えます。 社外取締役は、日本では、2012年度の上場企業全体(1676社)のうち、54%の割合で採用されています。米国では、サーベランス・オクスレー法に基づくニューヨーク証券取引所上場規則により、上場企業の取締役の過半数が独立取締役であることが強制されています。 筆者が、社外取締役として日々考えていることについて、感想を述べたいと思います。この見解はあくまで個人のものであり、私が所属している企業のものでないことを予め附言します。

会社には様々な株主がいます。機関投資家から個人株主まで、その顔ぶれは多様です。株主の中に、アクティビスト(Activist)と呼ばれる株主がいることがあります。一般的にはその正体はファンドですが、対象企業の業績等に対して、厳しい目線を持つ株主でもあります。これらのアクティビストが株を保有する動機は、いうまでもなく、保有株式に対するリターンの極大化にあります。企業業績が悪い経営者に対して、その姿勢を質し、株主価値の増大を求めるもので、怠慢な経営者を監督し、企業経営の透明性を高めることで、他の株主の利益にも資することから、一般的には、この活動は大いに推奨されるべきものです。 長引いたデフレにより、多くの企業は可能な限り間接経費等を削減して、営業利益を確保しているのが実際の現状と思われます。働くサラリーマンの現在の給与は、平成7(1995)年より低いという統計のデーターがあります。株主の側から言えば、ROEなどの数値は、企業の収益性をはかる意味で重要ですが、その数値ばかりに目を奪われて、企業の収益性を支える様々な要素(例えば、人材育成費用や従業員に対するインセンティブが加味された給与体系の構築、経営のスピードを図る施策等)については多くの場合無関心です。これは、従業員主権と株主主権のどちらに比重を置く会社の経営が会社の収益につながるかという問題にも繋がります。 かつて、高度成長期の日本は、製造業が中心にあり、従業員の共同体としての帰属意識とその時代の経済環境が相まって、高い生産性と株価の上昇が実現でき、日本的経営が功を奏しました。しかし、バブルがはじけ、経済的環境も変わり、これまでの銀行を経由する資金調達から、資本市場からの資金調達へと変わり、次第に配当性向を重視する企業運営が求められるようになりました。

 現在、アベノミクスにより円安、株高の局面になり、次第に企業の設備投資等も上向いて来たと報道されています。 私は、企業は内部留保を狭い意味の設備投資ではなく、人材育成を始めとする広義の企業投資を行うべき時期に来ていると考えます。物や設備は、経済的環境の変化で容易に陳腐化(シャープのパネル投資やパナソニックのプラズマテレビ投資がその好例です)しますが、広義の企業投資は、例え一時的に企業収益が落ちても、やがて収益の回復に貢献するものと思われます。 長期的な観点からは、株主主権と従業員主権は、実際は表裏一体のもので、短期的な観点から株主主権のみを強調するアクティビストの立場にはやはり違和感を禁じ得ません。

三姉妹(上)

最近見た、中国の映画の話をもう一つ(ただし、裁判に関するものではありません)。それは、ワンピン(王兵)監督作品の長編ドキュメンタリー「三姉妹―雲南の子」です。

映画の舞台は、雲南省北東部・標高3200メートルの80戸・470人の寒村。羊などの放牧に頼る村民1人の年間純所得は約25,000円(数字は映画パンフによる)に過ぎません。 私は、この5年ほど、年に1度、雲南大学の文化人類学教室の指導による少数民族の村々を訪ねる旅に参加し、家畜と雑居する農家に寝袋で分宿したこともあります。しかし、同じ雲南省でも、観光地に近く、歓迎の少数民族ダンスが披露され、体験宿泊を受け入れるような模範的な村と、この映画の舞台の山村とは格段のちがいがある。村外に広がるかつての棚田は荒れ果て、省内の世界遺産・「元陽梯田」(1200メートルの高低差で営農中の、文字どおり「一目千枚」の棚田)の片鱗すらない。高倉健主演のドラマ映画「単騎千里を走る」の雲南ロケ地となった貧村も、この山村に比べればはるかに「まし」のようです。

三姉妹の母は数年前に家出して帰らず、父も出稼ぎで年に1回しか戻らない。10歳の長女・インインが小学校に不定期に通いながら、6歳の次女・チェンチェン、4歳の三女・フェンフェンの母親代わりとなっている。家畜の世話と家事に追われる長女の日課の一つは、妹たちにたかっている無数の虱を爪でつぶすこと。余談ながら、ワンピン監督は、3千メートルを超す放牧地を飛ぶように走る長女を追っていて高山病になったとか…。

三姉妹(下)に続く