自然災害と人的災害

1. フィリピンのレイテ島に襲来した台風30号は、今世紀の最大級の台風であった。アメリカのグアム島の観測所からは、一時、毎秒89メートル近い風速に達したという報道がなされた。台風30号は竜巻並の風速を持ち、また高潮を誘発し、レイテ島のタクロバンの町を一瞬の間に廃墟と化してしまった。2300名を超える死者と数千人の負傷者に対して、国際社会の救援行動が一斉に取られ始めている。フランス、ベルギー、日本赤十字社の医療の先遣隊や各国の救援隊が現地に向かっている。その中でも、アメリカは、空母ジョージ・ワシントンを始め、2隻の巡洋艦、2隻の駆逐艦、1隻の輸送艦を香港から現地に向かわせ、日本も陸上自衛隊を中心とする1000名が、大型護衛艦、輸送艦、補給艦と共に現地に向かうという報道がなされた。

2. フィリピンのレイテ島は、1944年10月20日から始まった日米の「レイテ島の戦い」の主戦場であり、レイテ島のタクロバンは、かつて、日本軍によりコレヒドールを追われたダクラスマッカーサー将軍が「I Shall Return」の言葉どおり、再上陸を果たした有名な場所でもある。当時、日本陸軍を中心とする総勢8万4000名に対して、アメリカ軍は約20万名の兵力を投入し、日本軍は7万9000名以上の死者を出して敗北した。その町に、69年後、日米の軍隊が人道援助のために来訪することは隔絶の感がある。

3. 台風や地震のような自然災害と戦争のような人的災害、いずれも人間社会に対する「災害」である。1993年に採択された「ウィーン宣言及び行動計画」の第1部、第23節には、自然災害と人的災害について述べ、国際連合憲章と国際人道法の原則に従って、被災者に人道支援を行うことの重要性を指摘している。日本は、先の大戦において、レイテ島で多くの日本軍の死傷者を出したが、現地の人々も数多く戦禍に倒れた歴史的事実を踏まえ、他の国に倍する人道援助を行うべきもの考える。

中国の行方

1 今月の9日から12日まで、北京において、中国共産党・第18期中央委員会の第3回全体会議が開催される。5年に一度開かれるこの中国共産党の全体会議は、過去においても、中国の基本方向を定める場として有名な会議である。新聞報道によれば、習近平氏は、第14期の3中全体会議に匹敵する重要な会議になると述べたという。1993年11月に開催された第14期の3中全体会議は、1989年のベルリンの壁の崩壊、1991年にソ連の崩壊を受け、中国の後進性も含め、社会主義体制の存続が問われた年であった。そこに登場した鄧小平氏は、「改革開放」「市場経済の重視」という近代化路線を目指し、5カ年計画を策定し、その実現に邁進したことは広く知られるところである。

2  この鄧小平氏は、筆者が高校生の時に、テレビ場面で見たことがあり、強く記憶に残っている。その場面は、首からプラカード(走資派とか、これ類する言葉が書かれていたと記憶する)を下げ、紅衛兵らしき若者に両脇を抱えられて、衆人環視の中で立たされている姿であった。当時、彼は北京市長の職にあった。鄧小平氏の「黒い猫でも、白い猫でも、鼠をとる猫は良い猫である」という名文句があり、「七転び八起」といわれる程、強運の持ち主であるが、彼の復活劇に周恩来首相の力があったことも現在では広く知られた史実である。

3 現在の中国共産党が抱える問題は、識者が指摘するように様々な問題がある。「格差社会」「汚職の蔓延」「環境破壊」など深刻な課題が目白押しである。「格差社会」から落ちこぼれた農民・都市の下層階級は、キリスト教や他の宗教に救いを求め、その数は1億人に迫るというNHKの報道があった。中国政府は「官製儒教」の教えを広めて対抗しようとしているが、その行く末は不透明である。「改革開放」と「市場経済の重視」によりいまや世界第2の経済大国となったものの、その基盤は盤石ではない。最近、天安門広場において、「ウイグル族」による自動車爆破事件が起きた。中国政府はこれを「テロ」と呼び、また、報道機関に対しても思想教育の一層の強化を始めている。中国政府は何にそのように恐れるのか。それは、歴史が証明するように自国民であろう。中国4000年の歴史と言えば、統一王朝が起こり、次に官僚腐敗、民衆の蜂起・反乱、最後の分裂と再集合という繰り返しである。昔、孫文が日本に在来していた頃、訪れたどこかの海辺で、海岸の砂を手に握りしめ、指の間から漏れ落ちる砂粒を指して「これが中国人民だ」と慨嘆した話を思い出す。この砂粒のような人民を「共産主義」という強力な糊でまとめ上げたのが、毛沢東であり、周恩来の革命第1世代である。周恩来がパリで地下活動をしていたおり、鄧小平はその使い走りをしていた頃の古びた写真を雑誌で見たことがある。鄧小平氏は革命第1・5世代である。

4 民衆の怒りこそが中国の時代を動かす力であることは、歴代の指導者は良く知っており、その怒りの矛先に先んじて「処方箋」を講じることが指導者の役割であるが、第18期第3回全体会議において、習近平氏は、どのような内容の「処方箋」をするのか極めて興味がある。中国共産党という一党による支配は、「格差社会」や「環境破壊」と言った「市場の失敗」について、より効率的に対処できる利点も有するが、13億以上の国民を代表するその正当性について、今後どのように舵を取って行くのか、目が離せない国でもある。

箱物行政と法科大学院

1 法科大学院制度が発足してから10年余がたち、受験生の減少に始まり、多くの問題点が生じて、当初の制度設計の当否が現在問われています。当初、司法試験の年間合格者を3000名程度とした方針は、平成25年7月16日の法曹養成制度関係閣僚会議の決定で現実味を欠くものとして、当面、このような数値目標を掲げることはしないとされました。

2 現在、日本弁護士連合会では年間合格者を1500名程度とする提言を行い、地方単位会では1000名程度を提案するところも存在します。年間3000名の合格者を輩出するために多くの法科大学院が設立され、現在でも74校の法科大学院があります。

平成25年度の司法試験合格者は2049名ですが、そのうち1241人が上位10校の法科大学院で占められています。司法試験後、司法研修所を卒業した者の相当数が就職できないという状況がこの数年続いています。この就職難が法科大学院及び司法試験の不人気を招くという負のスパイラルが始まっています。このような事態を招いたことには様々な理由が考えられますが、将来の法曹人口のあり方について、経済学的、社会学的な長期の分析を欠いたことが最大の失敗であると考えます。法曹人口拡大論は、規制緩和を主張する経済界に教育界と法曹界が相乗りしたものですが、「法的需要」の増大は意図したほど実現されていません。

需要サイドの検証が不十分なまま供給サイドの強化に比重を置いたことで、経済学の初歩の議論であるいわゆる「需給ギャップ」が生じるのは当然のことです。

3 平成13年に発表された司法制度改革審議会の意見書の理念は良く出来ているのですが、その具体策として、法曹人口を増大させ、そのための箱として法科大学院制度を創設したことは、高度成長期における「箱物行政」と相通じるものがあります。果たして、長期の法的需要の検討や法科大学院における教育費のあり方を真剣に検討した結果なのか疑問が残ります。

これらの制度の改変で振り回されるのは何時も若い世代であり、若い世代に大きな負担を強いる現行制度は大きく変更されるべきものと考えます。

教育への投資から未来を考える

1 筆者は、現在、独立行政法人日本学生支援機構の「契約監視委員会」の委員として仕事をしています。この「契約監視委員会」というのは、平成21年11月17日の「独立行政法人の契約状況の点検・見直しについて」と題する閣議決定を受け、総務省行政管理局からの要請を受けて、各独立行政法人の監事及び外部有識者により構成されたものです。現在、独立行政法人は、特定独立行政法人が8法人、一般の独立行政法人は94法人があります。独立行政法人は民間企業との間で様々な契約を締結しますが、過去において、市場原理を無視した契約が「随意契約」の名の下に温存されていたことの反省から、その透明性を確保すべく、「契約監視委員会」のチェックを経て可能な限り競争性を持たせた契約に切り替えようとするのが目的です。

2 日本学生支援機構は、日本おける唯一の公的な奨学金の給付事業を行う団体です。2012年に限っても、全学生(大学・大学院・高専・専修学校)394万人余のうち、奨学金受給者は123万人余です。日本学生支援機構の事業費は1兆1000億円を超えるものです。奨学金については、無利息の第一種奨学金と利息付の第二種奨学金があることはご存知の方も多いと思います。現在、この奨学金の返還の滞納が問題となりつつあります。
滞納額は約800億円で滞納者は約34万人に達すると報道されています。平成23年度において、回収予定額は4639億円で、その対象人数は303万人と見込まれています。返還滞納が生じるのは、これまでの日本経済の状況を考えれば至極当然のことと思われます。バブル崩壊後、就職氷河期やデフレ経済のもとでは、職を得ることが容易でなくなり、ようやく職が得られても非正規の社員であったりして、職自体が不安定で所得も低いのです。更に、デフレ経済の下で日本の企業が取った行動は、人件費を中心とする間接経費の絞り込みであります。そのため、製造業は人件費の安い海外に進出し、国内で働く就業者は、季節的調整が可能な非正規の労働者が多くなりました。現在、安倍のミクスによる金融緩和政策等により、円安、株高が演出され、輸出型の大企業は恩恵を受けておりますが、サラリーマンの実質所得は上昇していません。サラリーマンの所得が上昇しない中で、教育の支出は漸増しており、大学を始め高等専門教育を受けるための経費は、家計の大きな負担となっています。最近のOECDの調査では先進国の中で、GDPに比して、公教育に対する支出が低い国として日本が挙げられていたのは大変ショックです。安倍政権は第三の矢である成長戦略を色々と論じていますが、目先の成長戦略より、教育に対する中・長期的な成長戦略を考えるべきかと思います。一つは、就学前の教育に対する公の投資の増大です。アメリカの調査でも、家庭の社会経済状況を反映した学力格差は小学校1年生の段階で既に存在しているとされています。不利な社会経済状況にある家庭の子どもは、小学校、中学校で豊かな家庭出身の子どもに学力の差をつけられており、それはそのまま、その後の低学力、低学歴につながり、大人になっても不利な社会経済状況に立たされるという貧困の連鎖に繋がります。この連鎖を断つ必要があります。二つめは、大学を始めとする高等教育の見直しです。国際比較では、日本は高等教育における私学の占める比率が高いとされており、その費用も安くありません。平均的なサラリーマンの家庭で2人の子どもを私立大学に通わせることは至難の業です。現在の大学は「金太郎飴」のような大学が多すぎます。ハイテクばかりでなくローテクでも有用性に優れた物を作り出すことは日本人の特性にむいていると思われます。その意味で、技術や実学に重点を置く高専などを公費により一層充実させた方が良いと考えます。日本学生支援機構の奨学金についても、貸付から給付への方向に切り替える事が望まれます。給付となれば財源を確保しなければなりませんが、将来の教育に対する投資こそ優先順位は高いものと位置づけることは多くの国民の賛同を得るものと考えます。

3 日本の将来の財政については、1000兆を超える借金の存在から悲観論が優勢です。この借金は、現役世代が引き継いで負担していくにはあまりに巨額なものです。高齢世代と若年世代との世代間の公平性は完全に失われている現状を前提にすれば、この世代間の不公平性を修正することは当然の事です。年金の受給年齢の引き上げも世界の趨勢であり、近いうちに65歳から68歳に変更になると思います。また、医療費の総量抑制もやむを得ないものと考えます。最近、出版された「2052」というヨルゲン・ランダースの著書に「公平さをめぐる世代間の争い」という項目があります。そこでは2020年代に、最初はヨーロッパ諸国、米国、その他のOECD加盟国において、世代間の緊張が増加して、大きな社会変動が起こる可能性があるとされている。これは議会での平和的な変化を通じてではない可能性がむしろ高いというのは少し驚きですが、私は、むしろ中国のような社会で大きな変動が起きるのではないかと予想しています。ヨルゲン・ランダースは「21世紀の後半までに、この世代間の闘争は終わり、人類はより公平で持続可能な世界を築く、若者はより幸せになり、年配者はその犠牲となる。」と結んでおり、完全な年配者である私は少し複雑な気持ちにさせられます。2052年は私が百歳に当たる年なので、そこまで生きて予想の当否を見てみたい気持ちになりました。

社外取締役体験記

今年も上場企業の株主総会開催日が集中する6月の第4週が過ぎて1週間が経過しました。筆者は、4年前に親子で上場する企業の子会社の社外取締役に就任しましたが今年の株主総会で再任され、3期目を迎えます。 社外取締役は、日本では、2012年度の上場企業全体(1676社)のうち、54%の割合で採用されています。米国では、サーベランス・オクスレー法に基づくニューヨーク証券取引所上場規則により、上場企業の取締役の過半数が独立取締役であることが強制されています。 筆者が、社外取締役として日々考えていることについて、感想を述べたいと思います。この見解はあくまで個人のものであり、私が所属している企業のものでないことを予め附言します。

会社には様々な株主がいます。機関投資家から個人株主まで、その顔ぶれは多様です。株主の中に、アクティビスト(Activist)と呼ばれる株主がいることがあります。一般的にはその正体はファンドですが、対象企業の業績等に対して、厳しい目線を持つ株主でもあります。これらのアクティビストが株を保有する動機は、いうまでもなく、保有株式に対するリターンの極大化にあります。企業業績が悪い経営者に対して、その姿勢を質し、株主価値の増大を求めるもので、怠慢な経営者を監督し、企業経営の透明性を高めることで、他の株主の利益にも資することから、一般的には、この活動は大いに推奨されるべきものです。 長引いたデフレにより、多くの企業は可能な限り間接経費等を削減して、営業利益を確保しているのが実際の現状と思われます。働くサラリーマンの現在の給与は、平成7(1995)年より低いという統計のデーターがあります。株主の側から言えば、ROEなどの数値は、企業の収益性をはかる意味で重要ですが、その数値ばかりに目を奪われて、企業の収益性を支える様々な要素(例えば、人材育成費用や従業員に対するインセンティブが加味された給与体系の構築、経営のスピードを図る施策等)については多くの場合無関心です。これは、従業員主権と株主主権のどちらに比重を置く会社の経営が会社の収益につながるかという問題にも繋がります。 かつて、高度成長期の日本は、製造業が中心にあり、従業員の共同体としての帰属意識とその時代の経済環境が相まって、高い生産性と株価の上昇が実現でき、日本的経営が功を奏しました。しかし、バブルがはじけ、経済的環境も変わり、これまでの銀行を経由する資金調達から、資本市場からの資金調達へと変わり、次第に配当性向を重視する企業運営が求められるようになりました。

 現在、アベノミクスにより円安、株高の局面になり、次第に企業の設備投資等も上向いて来たと報道されています。 私は、企業は内部留保を狭い意味の設備投資ではなく、人材育成を始めとする広義の企業投資を行うべき時期に来ていると考えます。物や設備は、経済的環境の変化で容易に陳腐化(シャープのパネル投資やパナソニックのプラズマテレビ投資がその好例です)しますが、広義の企業投資は、例え一時的に企業収益が落ちても、やがて収益の回復に貢献するものと思われます。 長期的な観点からは、株主主権と従業員主権は、実際は表裏一体のもので、短期的な観点から株主主権のみを強調するアクティビストの立場にはやはり違和感を禁じ得ません。

七人の侍と思い出の破産事件

七人の侍は、いうまでもなく黒沢監督の白眉をなす映画である。戦国時代、農民から依頼を受け、野武士集団に七人の侍が立ち向かう物語である。この映画で登場する侍は七人。いずれも個性あふれるキャラクターの持ち主ばかりである。七人という数字は、筆者が関わった著名事件である「オウム真理教」の破産事件に携わった管財人団のメンバーの人数と一致する。
平成7年3月20日、オウム真理教は「地下鉄サリン事件」を引き起こした。オウム真理教に対する解散命令に伴う清算手続が開始されたが、被害者弁護団及び国は、東京地方裁判所へ同教団の破産を申立て、平成8年3月28日に破産開始決定が下された。破産管財人は、元日弁連会長である阿部三郎先生が選任された。阿部先生を保佐する常置代理人として、東弁から柳瀬康納治、大野金一、大阪弁護士会から久保井一匡(後の日弁連会長)、山梨県弁護士会からは寺島勝洋が参加し、更に、東京地方裁判所の破産部の推薦により、第一東京弁護士から大野了一、第二東京弁護士会から筆者が加わることとなった。阿部先生を含め7名の弁護士が揃い、これにサポート弁護士が数名加わり管財人団が形成された。
阿部先生は、当時、70歳を迎えていたにもかかわらず、破産管財人に就任直後から、同教団の破産手続きが事実上終結する平成20年まで、実に精力的に管財業務をこなされた。
オウム真理教の破産事件では、思い出に残る出来事は数多い。サリンを入れた大きな鉄球が据え置かれた第7サティアン、銃の製造工場、麻原が入浴した風呂、拷問部屋、アルミ鋳造のブロックで形成された約10畳の大きさの首都圏のパノラマ図には、皇居、警視庁、国会等に印がつけられていた。ロシアから購入した中古のヘリコプターも周辺にあり、彼らは本当に首都を攻撃する算段をしていたのである。霞ヶ関の弁護士会館には、阿部先生が揮毫された「弁護士会」の標石が置かれているが、弁護士会館を訪れるたび、筆者を含めたメンバーが地下鉄サリンの被害者を含むオウム真理教による被害者の数千件の債権認否作業のため、弁護士会館で徹夜の作業をした事を懐かしく思い出す。七人の侍の映画では、戦いが終わり、百姓が田植えにいそしむ姿を見て、生き残った勘兵衛は、相棒の七郎次に対し、「また、負け戦だったな。勝ったのは俺たちではない。」という有名な台詞を吐く。オウム真理教でも完全に被害者が救済された訳ではなく、筆者たちの戦いは、「負け戦ではなかったものの、破産事件として出来るかぎりの事は尽くした」という意味で誠に心に残る事件であった。