誘導による供述変更-裁判と映画(3)

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この事件と松川事件との「冤罪」事件としての共通性は、捜査機関が録取した参考人などの供述調書の変遷に端的に現れています。

事件直後、村民の1人は、午後2時過ぎに村の酒屋でぶどう酒を買い、すぐ懇親会の会長宅に届けたと供述し、酒屋も売ったのは午後2時半頃と述べていた。奥西が会長宅から会場にぶどう酒を運んだのが午後5時20分ころなので、ぶどう酒はほぼ3時間会長宅にあったことになる。しかし、奥西が自白して2週間後に、この村民も酒屋も、買い物の時刻が午後5時前後だったと供述を変更したことになっている。この変更によって、ぶどう酒が会長宅に置かれていた時間が極端に切り詰められ、毒を入れることができた者は会長宅から会場へぶどう酒を運んだ奥西以外にはいないという、奥西犯人説が裏付けられます。

このような、明らかに捜査機関の誘導による強引な供述変更は、松川事件では、実行犯らが徒歩で渡ったとされる「永井川信号所南踏切」を巡って展開されています。当初の供述調書では、実行犯3名は、深夜、無人・無灯のこの踏切をいとも簡単に渡ったことになっていた。しかし、関連捜査の結果、その夜だけは、近所の虚空蔵様の宵祭りの人出に備えて、踏切脇にテントが張られていたことが判明。そこで実行犯らの供述は、暗くて遠くからはテントが見えず、直近で発見しハッとしたが、テントにはだれもいなかったので急ぎ足で踏切を渡ったと変更される。ところが、さらに、テント上の電柱には、人出に備えて、60ワットの電灯がつけられ、辺りを照らしていたことが分かる。すると…(広津和郎『松川事件と裁判』岩波書店・p97~)。

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