国語テストのライブ解説に関する著作権問題

 近年、インターネットを利用した学習環境が当然のものとなってきており、様々なサービスが提供されています。今回は、有名学習塾(以下「X」といいます。)のテストの問題を、他社の学習塾(以下「Y」といいます。)が、ライブ映像をウェブ上に流して解説するというサービスを提供したことから訴訟となった事案を取り上げます。第1審は東京地方裁判所令和元年5月15日判決(以下「原審」といいます。)、控訴審は知財高等裁判所令和元年11月25日判決(以下「控訴審」といいます。)となります。

 事案の概要ですが、Xが作成した国語の試験について、テスト終了後に、Yの担当者がインターネット上のライブ動画において、口頭でその解説を行いました。その際、X社作成の問題文及び解説が画面上に表示されることはありませんでした。また、原審の認定によれば、X社作成の解説とY社の解説を対比しても表現が共通する部分はほとんどないという事情があります。

 著作権侵害が認められるためには、まず、権利者が著作権を有していることを主張しなければなりません。例えば、権利者が自ら書いた絵画であれば、容易にその絵に関する著作権を有しているといえます。ただし、今回のXが主張しているのは、Xが作成した国語の問題や解説の著作権なので、そもそもそのようなものが著作物なのか、という点が争われました。また、それらが著作物であるとしても、Yがそれを複製又は翻案したのかという点が争われました。

 結論としては、原審、控訴審共に、Xの請求を棄却しました。Yによる著作権侵害を認めなかったということになります。その理由を紹介します。

 まず、X作成の国語の問題については、編集著作物にあたると認定しました。その理由は、「国語の問題を作成する場合において、数多くの作品のうちから問題の題材となる文章を選択した上で、当該文章から設問を作成するに当たっては、題材とされる文章のいずれの部分を取り上げ、どのような内容の設問として構成し、その設問をどのような順序で配置するかについては、作問者が、問題作成に関する原告の基本方針、最新の入試動向等に基づき、様々な選択肢の中から取捨選択し得るものであり、そこには作問者の個性や思想が発揮されているということができる。」ということです。

 次に、問題の解説については、言語の著作物に該当すると認定しました。その理由は「本件問題の各設問について、問題の出題意図、正解を導き出すための留意点等について説明するものであり、各設問について、一定程度の分量の記載がされているところ、その記載内容は、各設問の解説としての性質上、表現の独自性は一定程度制約されるものの、同一の設問に対して、受験者に理解しやすいように上記の諸点を説明するための表現方法や説明の流れ等は様々であり、本件解説についても、受験者に理解しやすいように表現や説明の流れが工夫されるなどしており、そこには作成者の個性等が発揮されているということができる。」ということです。

 しかし、控訴審において、Yは、ライブ映像の中で問題や解説を全く表示しておらず、問題の原本のコピーもしていないと認定されたため、複製には当たらないとされました。

 また、翻案については、控訴審は、最判平成13年6月28日を指摘したうえで、「著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為であるとしている。そして、翻案の意義は、本件問題のような編集著作物についても同様であると解されるから、編集著作物の翻案が行われたといえるためには、素材の選択又は配列に含まれた既存の編集著作物の本質的特徴を直接感得することができるような別の著作物が創作されたといえる必要があるものと考えられる。」という規範(判断基準)を定めました。

 そして、Yのライブ解説は、「問いかけられた問題に対する回答者の思考過程や思想内容を表現する言語の著作物であって、このような思考過程や思想内容の表現にその本質的特徴が現れている」として、編集著作物であるX作成の問題とは本質的特徴が異なると判断されました。さらに、Yのライブ解説とX作成の解説については、個々の文言にほとんど共通性がないことから、本質的特徴を同一にしていないと判断されました。また、X作成の問題に対する解説であることに由来する類似性・同一性があるとの指摘については、そのことを認めつつも、やはり、表現が異なるから、本質的特徴を同一にするとは認められないと判断しました。

 本件は、国語のテスト問題という、他人の著作物(小説等)から文章を適宜抜粋して設問を作成したものについて、編集著作物であるとした点が注目されます。また、同じ問題を解説する場合であっても、具体的な表現が違えば、翻案にはならないという点も重要だと思います。国語の問題は、文章による回答が多く、意味としては同一であるけれども、同一の表現にならないことがあり得ます。そして、そのような具体的な表現が違う場合には、本質的特徴を同一とは言えないと判断されることになります。