京都庭園探訪記

1.8月16日(土)の京都、五山の送り火は前日・当日の大雨にもかかわらず、時間を順延して開催された。8月17日(日)から3泊4日の日程で京都市内に散在する名園を巡った。

目的は絵の題材の収集である。大雨の翌日から、一転して天候が回復し、連日35度ないし36度の酷暑の中を歩き回ることになった。

2.初日の訪問先は、西本願寺と渉成園である。

西本願寺は庭園鑑賞が目的ではない。御影堂と本堂に相対して2本の大銀杏が対になっている。御影堂の回廊に続く緣側のような廊下は2間の広さがある。この廊下に座して、大銀杏を眺めながら暫時休憩するのが毎回楽しい。外気温が36度でも、涼しい風が通り過ぎて大変に心地よく、昼寝に最も適した場所と言ったら親鸞聖人の罰があたりそうである。

西本願寺から渉成園に徒歩で向かう。距離は2キロもないと思うが、酷暑の中の移動はやや辛い。大きなつばのある帽子に濡らしタオルを御簾のようにぶら下げる工夫をしたが、戦時中の南方戦線の日本兵のような格好になってしまった(笑)。

渉成園の庭園では、園立堂、偶仙楼、傍花閣を経て、印月池に臨むことになるが、ここでは回棹廊から侵雪橋を越えて京都タワーを見渡すことができる。印月池に源氏物語の主人公である光源氏のモデルとなったとも言われる源融のゆかりの塔(九重の石塔)がある。

京都駅に戻りタクシーにて今夜の宿泊先の「ギオン福住」に向かった。この宿の風呂は、東山側に向いており、朝日の昇る中の朝風呂は気持ちが良い。

3.二日目の訪問先は、桂離宮、天龍寺、神泉苑である。

河原町駅から阪急京都線で5つめの駅が桂である。桂離宮への参観は、予め京都御所の宮内庁の許可が必要となっている。インターネットで申込みをする。繁忙期は抽選になるようであるが、夏期は比較的予約が取れやすい。桂駅からタクシーで2メーターの距離にある。

午前9時から午後3時30分まで1時間の参観が計6回行われる。私の参観時間は午前11時であった。人数は約20名で、うち、外国人が8人くらい混じっていた。会話からフランス人が3名、ドイツ人が2名おり後は英語圏内の白人であった。先頭にガイドがつき、参観の後列に皇宮警察官が付くというあんばいで、庭園の各所でガイドが丁寧な説明を行う。

桂離宮の写真はあまた存在するが、賞花亭の手前から、左に古書院、右に月波楼を置いて池を臨む構図が美しい。「京都のお庭」(JTBパブリシング)でもここの構図が採用されている。

桂離宮の美しさは、ブルーノ・タウトが賞賛したことで良く知られている。確かに、建物、池、植栽の配置がすべて計算されているかのような庭であるが、私はやや堅苦しいという雰囲気を感じた。

1時間の参観の後、タクシーで桂に戻り、阪急嵐山線に乗車して、嵐山駅に向かう。嵐山駅を下車し、嵐山公園を抜け、桂川が流れる渡月橋を渡る。嵐山界隈は日本人、中国系観光客がゾロゾロと歩き、土産物屋が所狭しと並んでいる。やはり、嵐山は京都観光の定番なのである。人数の多さに閉口しながら、天龍寺に向かった。

天龍寺の「曹源池庭園」は、夢想疎石の作庭とされている。「池泉回遊式庭園」の代表的な例である。この庭を臨む大方丈と書院の縁側には観光客が鈴なりに座っていた。この池が広がりを持つのは、嵐山・亀山を借景としていることが大きい。池の奥に「龍門瀑」という滝石組が置かれ、池のアクセントになっている。

人混みの中を京福嵐山本線の嵐山駅に向かった。この京福嵐山線の車両は1両のワンマンカーで、車両の後部から乗車し、前部で精算をして下車をする。四条大宮で下車。一路、二条城の近くの神泉苑に向かう。

四条大宮駅から約700メートル位の距離にある神泉苑は、昔の皇族の庭園であるが、紅いアーチ式の法成橋をわたり、善女竜王社にお参りすると念願が叶うと言われている。池に遊ぶ「アーちゃん」という愛称のアヒルがいるようであるが、日中の酷暑の故かその姿をみることができなかった。

4.三日目は、知恩院、青蓮院門跡、無鄰菴、南禅寺、圓徳院・北書院北庭と盛りだくさんのコースである。

知恩院はいうまでもなく、法然上人の浄土宗の総本山である。とにかく広い。国宝の三門を通り、坂道を進み勢至堂に至る。徳川家康は、浄土宗徒で知恩院の寺地を拡大し、2代将軍・秀忠もこれを引き継いだ。

知恩院から北に進むと青蓮院門跡がある。この寺は天台宗の寺であり、青不動があることでも有名である。庭は比較的こじんまりとしている。小御所から相阿弥の庭の「龍心池」を臨む。本堂には青不動が在所する。入り口に布が下げられていたが、布の隙間から青不動を見ることが出来た。この寺の鐘楼には自由にお突き下さいとの看板がかけられていた。鐘楼を突くと柔らかく響きのある音がした。

無鄰菴は、山形有朋の別邸である。この庭は奥行きがあり、奥の高い勾配から水が低地に緩やかに流れて母屋に向かう配置となっている。配置された木々もごく自然なもので、神社仏閣の庭とは全く趣が異なる。母屋の縁側にて木々からこぼれ落ちる光線をみると印象派が描く庭園のように見える。

南禅寺も敷地が広い。重要文化財の三門は、石川五右衛門の「絶景かな、絶景かな・・」の名科白で有名である。南禅寺の水路閣を見た後、金池院へ赴く。徳川家康を称えるために小堀遠州が作庭した「枯山水」の庭である。庭はそれ程広くはないももの、白砂に東山の借景が映える。圓徳院・北書院北庭は、秀吉の正室の「ねね」がまつられている高台寺の隣に位置する庭園である。北書院の方向から、左右に鶴・亀島を置き、中心奥地に三尊石組を配置する。極めて豪快で安土・桃山時代の雰囲気が感じられる庭であった。

5.連日、気温36度の中を歩き通したが、改めて、日本庭園の奥深さを知る旅であった。