中国北西部・新疆ウィグル自治区の民族問題について-新疆ウィグル自治区を旅して(1)

「映画と法」中国編を終えるにあたり、最近、同年代の友人7名とともに2週間をかけて旅した、中国北西部・新疆ウィグル自治区の民族問題について感想を記すことにします。

 同自治区(省に相当)の面積は約166万平方キロメートルで日本の全国土の約5倍(人口は約2100万人で日本の約6分の1)。北を天山山脈、西から南を崑崙山脈、東をアルタイ山脈(いずれも4~7000メートル級)に囲まれた、東西約1500キロ、南北約1200キロという、途方もなく巨大な「盆地」です(日本の甲府盆地・約300平方キロメートルの5千倍)。

 かなりの部分が不毛なタクラマカン砂漠ですが、砂漠周辺には氷河からの川や伏流水などによる豊かなオアシス都市が点在し、ブドウ、アンズ、ナツメ、スイカ、ハミ瓜、胡桃などの果物や小麦、綿花、野菜などの農作物の宝庫でもありあます。自治区全体の人口にイスラム教徒・ウィグル族の占める割合は約45%(漢族は41%―ただし後述参照)ですが、僻地になるほど高くなり、90%を越える町も見られます。

 6年前、兵馬俑の西安から蘭州、酒泉、などを経て西端の敦煌まで旅したことがありました。今回は、6月26日(水)、北京から空路で区都ウルムチへ。そこに1泊して、自治区博物館で、井上靖の歴史小説「楼蘭」で知られる「楼蘭美女」(ミイラ)などを見学してから、アフガニスタン国境に近いカシュガルへ飛ぶ。そこからは専用ミニバスで酷暑のタクラマカン砂漠を東進。ホータン、チェルチェン、チャルクリクなどのオアシスの町を経て、アルティン山脈の4000メートルの峠を越えて甘粛省西端の敦煌に至る…というルートです(バスの走行距離は、ほぼ3000キロ)。

新疆ウィグル自治区を旅して(2)に続く