コロナ騒動から見えたこの国のかたち

暫くブログを中断していたが、今回のコロナ騒動から見えてきた日本のかたちを論じてみたい。

パンデミックと日本

中国の武漢を発生源とするコロナウィルスは、昨年の12月末から原因不明の肺炎患者が続出しその兆候を見せ始めていたが、当時、武漢当局は、様々な政治的な会議が控えていたことから、これを敢えて重要視せず(コロナウィルスの検出を発表したのは1月9日)、感染を拡大させてしまった。感染が中国全土に拡大したにもかかわらず、中国に忖度するWHOがパンデミックの宣言を見送ったことで各国の感染策対応が遅れたことは事実であろう(パンデミックの宣言は3月11日)。日本においても、4月の習近平の訪日を控える中、武漢や近隣の州からの中国渡航者らや滞在した旅行者のみを渡航制限とする限定的な対処をした。これに対して、台湾当局は1月の初めから、この原因不明の肺炎に対する国家的な検疫・感染対策を構築して、機動的な手段を取って、コロナウィルスの封じ込めに成功した。日本の水際対策が遅れた理由は、習近平の訪日という政治的な事柄によるもので、国民の公衆衛生の確保を後回しにした政治的な判断であった。このため、春節の休日に合わせて中国人が大挙して日本の観光地を訪れ、武漢由来のコロナ株(これをG型という)が都市部を中心に伝播させたものと考えられる。3月中旬の全国人民代表会議が延期され、中国政府から習近平の訪日が延期する旨の通告を受けたころには、日本の感染者はうなぎのぼりとなり、政府はこれまでのクラスター一辺倒からの対策を変更せざるを得なくなった。4月7日には非常事態宣言が発出された。

非常事態宣言への疑問

非常事態宣言は、厚労省に設置されたコロナ対策班と専門家会議による検討の結果発出されたものであるが、テレビでは専門家の西浦教授がフリップで「8割自粛戦略」なるものを説明していた。これは、ヨーロッパ(とりわけドイツ)のデーターから、数理モデルにて分析し、8割の外出自粛が出来れば、オーバーシュートのリスクを回避できるというものであった。この当時の医療現場の危機感や世界の国々がロックダウンをしている現状からはやむを得ないものとは思いつつも、筆者は、当時も、何故実行生産数を2.5と算定したのか疑問があった。確かに、2.5という数字は、1人のものが2.5人に感染させるということからネズミ算式に感染者は膨大になるが、空気感染をするウィルスならともかく、接触や飛沫感染が主なルートのウィルスであれば、接触や飛沫を的確に防御する社会的生活(例えば手洗い、換気、マスク等)を徹底することが先であり、いきなり外出自粛8割というのは、あまりにも乱暴な議論ではないかと考えていた。因みに、5月22日現在の東京の陽性感染者は5136名(入院数561名、自宅・宿泊待機109名)であり、死者は263名である。乱暴な比較であるが東京の人口は約1400万人、人口10万人あたり死者は1.8名である。前年度の交通事故者を検討すると東京都は10万人あたり、0.96、徳島県が人口10万人当たり死者は5.57名である。5月22日の日本全体の感染者は1万6513人、死者796人である。前年度のインフルエンザの死者数は3325名であり、コロナウィルスの死者を大幅に上回っている。日本の緊急事態宣言の解除基準は「直近1週間の新たな感染患者が10万人あたり、0.5人程度」とされているがドイツでは10万人あたり50人とされ、既にドイツでは制限が解除されている。あまりにも日本の基準は厳しすぎるのではないかと思う。因みに、東京都は0.42人、神奈川県0.87人、埼玉県0.27人、千葉県0.26人、大阪部0.15人、京都府0、兵庫県0.02人となっている。

コロナウィルスを正しく恐れることは必要であるが、数値に現れない国民の衛生習慣(手洗い、風呂、マスクを日ごろ励行する国民的な衛生観念、BCGの接種)や社会的行動(抱擁や高齢者を囲む家族の食事の少なさ)が軽視されているのではないかと考えている。因みに、ある論文では、日本人は昨年からの他のインフルエンザウィルスの感染により、今回のコロナウィルス(G型)に基本的にかかりにくくなっているという説もある。北海道で患者が多いのは、春節で雪まつりの行事に中国人観光客が多数訪れただけではなく、北海道特有の機密空間(例えば2重窓)も寄与しているのではないかと思う。岩手県などは未だに感染者はゼロである。このような地域までも非常事態宣言というのは如何なものかと考える。愛媛県知事や他の知事が全国一律の非常事態宣言に苦言を呈していたが、同調圧力により大きな声とはならなかった。

病院問題

コロナウィルス対策で、日本のPCR検査体制の不備が論じられている。各国で大掛かりなPCR検査体制が進められているにもかかわらず、日本ではなかなかその体制が構築できない。サーズやマーズの経験値がないために、コロナ患者を発見し、隔離する体制が不十分であつたことは否めない。厚労省の管轄する保健所と民間病院との連携等もうまくゆかず、感染者は自宅待機などを迫られ早急な医療サービスを受けられず病死した例も多い。

日本の病院の民間の比率は約70%といわれている。日本の病床数は世界でも有数なものであるが、それが有効に活用されていない。民間の病院としては、他の患者もいることから、直ちにコロナの発熱外来を設けるだけの費用とスタッフもない現状では、コロナウィルスの患者を適切に処置することができなないのである。病院は、市場原理が支配する民間のセクターに比重を置くべきで存在ではない。公的なセクターとしての役割をもう一度見直すべき時期に来ていると考える。

経済格差について

非常事態宣言と外出自粛により、3月以降、学生、飲食店、観光業や中小企業で働く人々の窮状が報道されている。現在、資本金2000万円未満の中小企業で働く人は約370万人であり、これらの人々の給与水準は全産業水準の7割から8割程度である。5月22日までには雇止めは1万人を超えた数字が発表されている。テレビ等の報道では、コロナウィルスの影響により将来の生活に不安を持っている人は約4割というデーターがある。残り6割は、給与が減らない公務員を筆頭に大企業に勤務する者、裕福な年金生活者らである。前述した非常事態宣言に伴う、外出自粛と営業自粛はこれらの4割の人を直撃している。いつも災害や不幸が一番弱い人を直撃するのは歴史の常ではあるものの、人為的な政策の間違いにより犠牲者を生むことは避けなければならない。現在の状況は、6割の経済的に不安のない人々が4割の貧しい人々に対して、「自分たちの健康が害されるので、皆さんは困窮しても、自粛して動き回らずにじっとしていて下さい。」と言っているようなものである。やはり政治家は、感染予防と経済のバランスをもっと真剣に考えるべきである。

東京一極集中の改善と政府部門の効率性について

今回のコロナウィルスのパンデミック問題で、大都市に多くの企業や人が集積することの危険性がより露わになった。これから予想される第2波のウィルス感染やいずれ来る巨大地震(東南海地震や首都直下型地震)などを考えれば、地方都市でリモートワークをしながら働くというライフスタイルがもっと普及・定着しても良いと思える。また、日本は国民が勤勉でありながら、それを動かす自治体・政府部門が非効率であるために、重要な資源(自然・人・物・金)を十分に活用していないと思われる。今回、国は自治体の長に対してリーターシップを発揮してコロナ問題に対処するように喧伝しているが、十分な財源や人材を持たず、効率的な運営のノウハウを持たない自治体には任が重すぎるといわざるを得ない。自治体と政府部門の連携や施策の効率的な展開など今後改善すべき事項は多い。今後の課題は残るとしても、今からでも、政府の取る政策は科学的かつ社会経済的にも有意に裏打ちされたもので、より困難な問題を抱える国民に向けるものであって欲しいと思う。