犯行を頑強に否認し、反省の情は全く認められない…-映画「それでもボクはやってない」(周防正行監督、2007年)(下)

「それでもボクはやってない」(周防正行監督、2007年)(上)はこちら

しかし、判決は、懲役3ヵ月(執行猶予3年)の有罪判決だった…。裁判官は、量刑の理由を次のように朗読。 「被告人は、種々の弁解を弄し、本件犯行を頑強に否認しており、反省の情は全く認められず、再犯の可能性も否定できない。加えて、電車内での卑わいな行為に対する社会的非難が高まり、その撲滅が強く叫ばれている折、あえてこのような犯行に及んだ被告人に対して厳しく対処することにより、この種事犯の防止を図るという点も看過することはできない。以上によれば被告人の刑事責任を軽く見ることはできない。…」

私が弁護士登録をした1969年は、激動の70年代の幕開けの年です。 学園紛争や街頭行動で、一日で数千人の学生たちが逮捕・勾留され、うち数百人が起訴される。新米弁護士の仕事は、連日、数十の警察に分散留置されている被疑者の接見に走り回り、勾留理由の開示を請求し、勾留や保釈却下に対する準抗告を申し立て、同一日時に開かれる複数の公判廷を掛け持ちして統一公判要求を叫ぶ…ことでした。法廷秩序を乱したとして10日以上の監置処分を受けた弁護人もいました。 その中で実感したのは、わが国の刑事裁判が、徹底した「人質司法」であることです。刑事訴訟法の「罪証隠滅の恐れ」を拡張解釈して長期勾留を継続する。日本法は、母法であるアメリカ法で当然認められている被疑段階の保釈制度を欠いていますが、裁判所は、起訴後も(田中角栄などのVIPを除き)、否認する被告人に対しては保釈を認めようとしないのです。

映画「それでもボクはやっていない」を観る-「それでもボクはやってない」(周防正行監督、2007年)(上)

周防正行監督によるこの映画は、裁判員裁判が導入される2年半前の2007年1月に劇場公開され、職業裁判官のみによる刑事裁判のマイナス面を余すところなく暴き出すものとして絶賛されました。

映画タイトルと同名の周防の著書(幻冬舎)によれば、周防がこの映画を企画したのは、痴漢として起訴され1審で有罪とされた1人のサラリーマンが2審で逆転無罪を勝ち取るまでの経緯を伝える、2002年12月の新聞記事を目にしたことに始まります。 この映画の主人公は、加瀬亮の演じる26才のフリーター・金子徹平。朝の超満員の通勤電車の中で女子中学生に痴漢行為を働いたとして現行犯逮捕される。認めさえすれば略式の罰金刑となり、すぐ釈放されたのに、否認を続けるため、勾留されたまま起訴(公判請求)される。保釈が認められたのは、逮捕から5ヶ月を経て「被害者」の女子中学生の法廷での証人尋問が終了した後で、保釈金は、なんと500万円です。徹平の母と友人を中心に支援グループが結成され、目撃者探しや再現ビデオ作成に取り組む。経験豊かな主任弁護人の荒川(役所広司が好演)やジェンダー論者の若手女性弁護士(瀬戸朝香)も、この小さな冤罪事件に全力で取り組む。 当初の担当判事(単独)は、それまで無罪判決を続け、マスコミから「無罪病」と揶揄されている若い判事だったが、途中で転勤となり、係属部の裁判長が自ら単独審理を担当することになる。支援活動のおかげで、当日の社内での目撃者が現れ、証人尋問が実現。 徹平は、最終意見陳述で、裁判官を真直ぐに見つめながら、こう述べた。 「私は無実です。絶対に痴漢のような卑劣な行為は行っていません。…」

映画「それでもボクはやってない」(下)

弁護団の不屈の活動-裁判と映画(4)

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「約束」を見て、筆者にとってとくに感動的だったのは、再審請求弁護団の不屈の弁護活動です。第7次再審請求では、弁護団は、奥西の自白による毒物「農薬ニッカリンT」を探すが、40年前に製造が中止されているため、困難を極める。しかし、若手の団員が得意のインターネットで情報提供を呼びかけ、ついに未開封のものの入手に成功。これを最新の技術で解析すると…。

また、弁護団は、奥西が「歯で開けた」というぶどう酒の王冠の歯型にも注目。すでに市販品はないため、町工場に2年がかりで依頼して王冠1800個を復元。10人の団員が、蓋をされた同型のビン10個ずつを時分の歯を使って開けてみる。その結果…。

2012年5月、名古屋高裁はいったん出された再審開始決定を取り消します。裁判所前に待機する支援者たちに向かって「不当決定」の垂れ幕を示す若い弁護団員の手は、怒りで震えている。鈴木団長は、記者会見で、声を詰まらせながら、捜査段階での自白のみを根拠に奥西に死刑を宣告し、それを維持し続ける裁判官ひとりひとりの責任を問いたいと宣言。同業者として、心中を察して余りあります(映画「約束」公式プログラムを参照し、適宜引用しました)。

誘導による供述変更-裁判と映画(3)

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この事件と松川事件との「冤罪」事件としての共通性は、捜査機関が録取した参考人などの供述調書の変遷に端的に現れています。

事件直後、村民の1人は、午後2時過ぎに村の酒屋でぶどう酒を買い、すぐ懇親会の会長宅に届けたと供述し、酒屋も売ったのは午後2時半頃と述べていた。奥西が会長宅から会場にぶどう酒を運んだのが午後5時20分ころなので、ぶどう酒はほぼ3時間会長宅にあったことになる。しかし、奥西が自白して2週間後に、この村民も酒屋も、買い物の時刻が午後5時前後だったと供述を変更したことになっている。この変更によって、ぶどう酒が会長宅に置かれていた時間が極端に切り詰められ、毒を入れることができた者は会長宅から会場へぶどう酒を運んだ奥西以外にはいないという、奥西犯人説が裏付けられます。

このような、明らかに捜査機関の誘導による強引な供述変更は、松川事件では、実行犯らが徒歩で渡ったとされる「永井川信号所南踏切」を巡って展開されています。当初の供述調書では、実行犯3名は、深夜、無人・無灯のこの踏切をいとも簡単に渡ったことになっていた。しかし、関連捜査の結果、その夜だけは、近所の虚空蔵様の宵祭りの人出に備えて、踏切脇にテントが張られていたことが判明。そこで実行犯らの供述は、暗くて遠くからはテントが見えず、直近で発見しハッとしたが、テントにはだれもいなかったので急ぎ足で踏切を渡ったと変更される。ところが、さらに、テント上の電柱には、人出に備えて、60ワットの電灯がつけられ、辺りを照らしていたことが分かる。すると…(広津和郎『松川事件と裁判』岩波書店・p97~)。

裁判と映画(4)に続く

妻と愛人を殺してどうする…-裁判と映画(2)

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「約束」が暴き出す刑事司法の「負」の要素を一言でいえば、「自白の尊重」です。奥西は、重要参考人の段階で、「三角関係の清算のために妻と愛人の両方を毒殺することを企て、懇親会会場の公民館で1人となった隙に、ぶどう酒に農薬を入れた」ことを自白し、逮捕される。公判廷では、これを覆して否認に転じるが、結局、この捜査段階の自白は信用できるとして、死刑が確定する…。

ところで、私小説作家・広津和郎は、松川事件に深く関わる中で、「列車転覆致死」の実行犯として死刑を宣告された被告人らの家庭や街頭での姿を、証拠を通してつぶさに点検。そして、当夜、家族や恋人たちとともに平和な生活を過ごしていた被告人らが、数時間後に、捜査段階での自白のとおり、いきなり、死刑をも覚悟の上で転覆現場に向けて走り出すことなどは―彼らが共産党員や労組活動家であっても―絶対にあり得ないと確信します。

これと同様に、『約束』の、奥西の母(樹木希林)が支援者に「5歳の娘と13歳の息子を残して、妻と愛人とを殺して、どうしようというのか」と訴えるシーンには、私小説的なリアリティがあります。奥西が、小さな村落内での三角関係に悩んでいたとして、その清算の方法には、父親としての責任感を伴ったさまざまな選択肢があるはずです。捜査機関の「二人を毒殺」という究極のシナリオは、広津の言葉を借りて、「人間というものは、そう簡単に片付けられるものではない。」と評すべきでしょう。

裁判と映画(3)に続く