自動運転車の実用化で交通事故訴訟はどうなるか

ウォールストリートジャーナル電子版で「自動運転車、保険会社の収入破壊の恐れ」という記事を見ました(2016年7月28日12:33JST)。

内容をかいつまんで言うと,自動車保険は保険会社の収入の3分の1を占めるが,コンサルティング会社によれば2025年(KPMGの予想)~2020年代末(ボストンコンサルティング)には自動運転車が普及するので,自動車の事故率は80%減少する(KPMGの予想)。そのため,自動車損害保険の保険料は2040年までに5分の1に減少し,減少分の一部は損害保険からPL保険(製造物責任保険)に転換するというもの,です。

2025年までの普及が現実的なのかどうかはともかくとして,自動運転車がいずれ普及することは疑いなく,それに伴い交通事故も劇的に減少することも疑いありません。一般民事の弁護士業務の一部は交通事故紛争が占めているのですが,自動運転の普及に伴いこれまでのような交通事故紛争はいずれなくなってしまうものと思います。

現在の自動車損害保険は,どのような姿になるでしょうか。

まず,自動運転車が普及する場合,自家用車という概念が希薄になると思います。自動運転ということは子どもでも老人でも取り扱えるのですから,自家所有するのは効率が悪く,タクシーやカーシェアリングのように多くの人で自動運転車を共有するのが効率的だからです。
したがって,自動運転車の保有者は現在のタクシー会社,カーシェアリング会社,駐車場会社,カーディーラー,レンタカー会社などに集約されることになります。

この場合,自動車メーカーはその事故について一々責任を負担することはありません。単純に自動車メーカーとレンタカー会社等との力関係もありますが,あまりにも責任の範囲が広すぎるからですし,自動運転車といえどもメンテナンス等の必要性はあるはずなのでそうしたメンテナンス不良が原因の事故についても責任を負うものとすると自動車価格が高くなり過ぎるからです。そのため,自動運転車に明らかな欠陥がない限り,メーカーは自動運転車による交通事故の損害について免責されるという立法的措置が取られるものと想像します。

ただ,この明らかな欠陥がないことについては,過渡期的現象として激烈な訴訟が行われるものと思います。完全無欠のシステムは想定し難く,また,歩行者・自転車等の予想外の行動による事故についてまで自動運転車は対応しなければならないのか,などが争点になるものと思います。一つの事故によって自動運転車の欠陥は他の自動運転車に共通の問題となるため,訴訟一件の影響力は広範なものになるはずです。

以上のとおり,過渡期的現象を経て,自動運転車自体の欠陥問題がクリアされた段階では,保険加入の主体は自動運転車を保有するタクシー会社等になりますが,その保険種目はどうでしょうか。まず,自動車運転車による交通事故に過失概念はそぐわないです。過失概念の本質は予見・回避可能性と予見・回避義務違反なのですが,自動運転車にこうした可能性・義務違反を認めることは難しいように思うからです。

そうすると,自動運転者同士の事故による損害は双方がいわゆる自損自弁(自分の損害は自分が負担する意味)することになります。これは自動車保険で言うと車両保険(自分の自動車の損害を支払う保険)と傷害保険(自分の怪我による損害を支払う保険)になります。

これに対し,歩行者・自転車との間の事故については,過失がないので無責となる結論になりそうですが,それでは被害者保護の観点から問題となるので,こちらは現在の自賠法類似の自動運転車に無過失責任を課す立法措置が取られると予想します。

以上の検討によれば,将来の自動運転車に対してはタクシー会社等自動運転車を保有する者が現在の車両保険・傷害保険を付保し,歩行者・自転車に対しては賠償責任保険を付保することになります。この保険は全自動運転車に付保されると思いますが,事故率が非常に低くなるので,現在の火災保険のような存在になるものと思います(火災保険も加入率は非常に高いですが,火災が発生する可能性はとても低いです。)。

長い前置きを経て,交通事故に関する訴訟はどうなるかが検討できます。結論は,ほとんどなくなる,です。交通事故が起きても車両保険・傷害保険でカバーされることになります。対歩行者・自転車に対する賠償責任保険は残りますが,自動運転車に過失はないので,現在のような損害賠償のあり方は妥当せず,ある種の傷害保険的な定額賠償の方向性に行くものと予想します。車両保険・傷害保険も同様の方向と思います。

そうすると,支払額は定額方向となる上,交通事故の件数は絶対的に減少するので,交通事故訴訟はほとんどなくなるという結論にならざるを得ません。

交通事故訴訟がなくなる時期はウォールストリートジャーナルの記事を信用すると遅くとも2040年頃でしょうか。これから24年後です。

離婚コーディネートサービスのニーズはあるか?

Wevorceは,アメリカ発の離婚コーディネートサービスです。夫婦がWevorceに離婚のコーディネートを申し込むと,Divorce Architecs( テッククランチでは「離婚設計士」と仮訳されていますが,離婚コーディネータという訳はどうでしょうか。)が二人の間に立ち,財産分与,養育費,親権等について話合いを仲介します。少しひねりがあるのは話合いの過程をWevorceのソフトウェアがガイドする点で,これが売り物のようです。 サービスの主眼は離婚費用のコスト削減です。アメリカでは,夫婦双方に弁護士が付いた場合,離婚費用が高額になるのに対し(テッククランチの記事では3万ドル),Wevorceでは1万ドルと安く上がる点にニーズがあるようです。

日本の弁護士である私から見ると,Wevorceのサービスは,裁判所の離婚調停そっくりに思えます。裁判所の離婚調停では調停のコーディネーターである調停委員男女2名が夫婦の間に入り,二人の意見を調整して行くという過程は,Wevorceのサービスとほとんど同じです。離婚調停では裁判官が調停の方向性をコントロールしているので,ソフトウェアによるガイドというひねりも目新しく感じません。 ここで日本の離婚制度を紹介します。離婚には,協議離婚と裁判離婚があります。協議離婚は夫婦が離婚で合意して離婚届を市町村に届ける方式,裁判離婚はその名のとおり裁判所で行う離婚のことです。 日本の離婚は,9割が協議離婚で,裁判離婚は1割程度です。協議離婚に弁護士が関与することは少なく,また,裁判離婚の中でも離婚調停には弁護士が付かないことが多いです。このブログの記事によれば,弁護士の関与率は離婚調停の4分の1,夫婦の一方だけに付くことを考えると1割強と推定され,全離婚事件における弁護士の関与率は1%とのこと。

弁護士を選任しない限り,協議離婚に費用は掛かりませんし,離婚調停の費用も多くて数万円です。弁護士関与率1%の日本と,多くのケースで双方に弁護士が付くアメリカとでは離婚に掛かる費用が違いすぎて,Wevorceのニーズを感じられません。

ニーズがあるとすれば,離婚調停では時間が掛かり過ぎる点と調停委員の質が一定ではない点でしょうか。ただ,夫婦の感情を冷ます意味で,時間が掛かることにも長所はあり,離婚コーディネーターの質も担保されるのか分からず,この点のニーズも大きくないように思います。

名誉毀損ツーリズムとフォーラムショッピング

最近,名誉毀損ツーリズムという言葉を知りました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Libel_tourism

イギリスの名誉毀損法制が被害者に著しく有利なことから,外国からわざわざイギリスの裁判所まで行って名誉毀損の訴訟を起こすことを指しているようです。
イギリスの名誉毀損法制は日本と似ているとのことなので,(おそらく)原告は名誉毀損の外形的事実を指摘すればよく,被告が名誉毀損の免責要件(日本では,①事実の公共性,②公益目的,③真実性の3要件)を主張・立証しなければならないとしているのでしょう。

さらにイギリスでは,敗訴者が原告の弁護士費用まで負担するので,被告の不利益は甚大です。
http://www.comit.jp/uk/cost.htm

なお,日本では訴訟費用の負担で済みます。訴訟費用は大きな額にはならず,費用対効果の関係で,実務上は,請求しないままのことも多いです。

つまり,被告は名誉毀損の訴訟を提起された時点で経済的に高いリスクにさらされることになります。
こうした法制の場合,敗訴リスクが多少でもあるならば,被告は,判決まで戦うよりも,早期の和解を選択するのが合理的です。
以上の事情からイギリスは名誉毀損の被害者に著しく有利と言われるようです。

名誉毀損ツーリズムもフォーラムショッピング(自分に有利な判決が見込める裁判所に訴訟を提起すること。)の一つです。
アメリカなどでは,分野ごとに有利な裁判所が決まっているようで,どの裁判所を選択するかは勝敗に重大な影響があるようです。

フォーラムショッピングが可能になるのは,訴訟提起できる裁判所(これを管轄裁判所といいます。)を多数選択できることが条件です。日本では管轄裁判所の選択肢が広くないので(民事訴訟法訴訟4条~13条に規定があります。),あまりフォーラムショッピングの重要性は強調されていません。

それでもフォーラムショッピング的考慮をしないわけではありません。
たとえば,交通事故の損害賠償請求事件の場合,管轄裁判所は,原告の住所地,被告の住所地,交通事故の発生地を管轄する裁判所になります。
専門部がある東京地裁,名古屋地裁,大阪地裁で使用する損害賠償の基準が異なっています(東京は赤い本,名古屋は黄色本,大阪は緑の本)。損害賠償の基準は単純にあてはめればいいようでいて,あてはめ方にもちょっとしたノウハウがあり,あまり詳しくない基準で訴訟を戦いとは思いません。そのため,管轄裁判所に東京地裁があればそこに決めますし(事務所も近いですしね。),東京地裁がなければ慣れ親しんだ赤い本を使っている裁判所か交通専門部のある裁判所を選びます。