作成者別アーカイブ: 岡 邦俊

「著作権法」入門【第5回】

2 偶然の一致は権利侵害とならない。

(1) 特許権などの産業財産権は「絶対的権利」であるとされます。それは、発明者Aの発明について特許権が登録されると、その権利範囲内の他の発明者BCD…の発明を排斥して権利が保護され、他の発明者BCD…は、Aの発明との時間的前後や、Aの発明の特許権の存在を知っているか否かを問わず、発明の実施を禁止されるからです。

これに対し、著作権は「相対的権利」です。何故なら、著作者Aの著作物と著作者BCD…の著作物が客観的に見て同一であっても、著作者BCD…がAの著作物の存在を知りこれに依拠して―言いかえればAの著作物を模倣して―BCD…の著作物を作成したものでなければ、Aの著作物の権利はBBCD…の著作物に及ばないからです。この場合には、権利者を異にする同一内容の著作物が並存することになります。

(2) 訴訟では、原告Aの権利行使に対し、被告Bが「Aの著作物を知らなかった」「偶然の一致である」との主張を試みることがあります。この場合には、AはBの依拠の事実を証明しなければなりません。
しかし、Aの著作物とBの著作物との細部にわたる具体的表現が同一である(または著しく類似する)ときは、裁判所は「偶然の一致ではあり得ない」、すなわち依拠があったと判断するのが普通です。

しかし、 二つの著作物が、具体的表現においてではなく「アイデア」において同一または類似の場合には、かりにBがAの著作物の存在を知りこれにヒントを得てBの著作物を作成しても、Bの行為はAの著作権(複製権、翻案権)を侵害しません。前回述べたとおり、著作権の保護はアイデアに及ばないからです。

(3) アメリカ著作権法の権威のニンマー教授は、映画「ウェストサイド物語」とシェークスピアの戯曲「ロメオとジュリエット」(著作権の保護期間内と仮定)とを比較しながら、アイデアと表現の区別に関する「パターン・テスト」について説明しています。
①敵対的なグループに属する少年と少女がいる。
②二人はダンスで知り合う。
③二人は夜のバルコニー(非常口)で互いの愛を確かめ合う。
④少女には別の婚約者がいる。
⑤二人は結婚を誓う。
⑥敵対的グループが遭遇し、少女のいとこ(兄)が少年の無二の親友を殺す。
⑦そうなったのは、少年が暴力沙汰を避けようとして親友の手を押さえたからである。
⑧少年は仕返しに少女のいとこ(兄)を殺す。
⑨その結果、少年は逃げる(隠れる)。
⑩隠れ家にいる少年を少女に会わせるためのプランが送られる。
⑪その知らせは少年に届かない。
⑫少年は少女が死んだという誤った知らせを受け取る。
⑬悲しみのあまり、少年は自殺する(あえて殺される)。

ニンマー教授は、抽出した13要素をふまえ、この具体的なパターンが両作品に共通する以上、「ウェストサイド物語」と「ロメオとジュリエット」とは、アイデアの域にとどまらず、具体的表現において実質的に同一である(すなわち前者は後者の複製権または翻案権を侵害する。)と述べています(岡「マルチメディア時代の著作権の法廷」2000年 ぎょうせい p132)。
かりに、シェークスピアが「ウェストサイド物語」の脚本家等を著作権侵害で訴え、被告が「ロメオとジュリエット」を知らないと弁解しても、これほどの具体的表現の共通性があれば、裁判所は、「依拠」の事実を認めるでしょう。

「著作権法」入門【第4回】

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第2 著作権の基礎知識

1「アイデア」と「表現」

(1) 著作権法の入門にあたって、まず、知っておくべき基礎知識が三つあります。

第1は、「アイデア」と「表現」の区別です。 著作権法は、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(2条1項1号)と定義付けています。つまり、著作権法は、思想・感情の「創作的表現」を保護するもので、ある作品が「創作的表現」の成果か否かを識別するためには、「表現」と、その背後の「アイデア」とを区別して考察することが必要です。

日本法には、この区別に関する条項はありませんが、アメリカ連邦著作権法では、102条bで次のとおり明示されています。

In no case does copyright protection for an original work of authorship extend to any idea, procedure, process, system, method of operation, concept, principle, or discovery, regardless of the form in which it is described, explained, illustrated, or embodied in such work. (著作者による創作的作品の著作権の保護は、著作権のある原著作物に対する著作権の保護は、その作品における記述、説明、図示、具現の形式の如何を問わず、アイデア、手順、工程、方式、操作方法、概念、原理または発見には及ばない。)

(2) 著作権訴訟では、ある作品について原告が求める保護の範囲が「表現」か「アイデア」かが争われることが少なくありません。

例えば、薬剤を分類して薬剤情報を付した便覧の編集著作物性争われた「治療薬ハンドブック」事件判決(東京地裁平成24年8月31日判決―最高裁HP知的財産権判例集)では、 「原告の主張は、結局のところ、著作権法上保護の対象となる表現それ自体ではない、本件分類体系に従って薬剤を分類するという原告書籍の編集方針、すなわちアイデアの保護を求めるものというほかなく、失当である。」 として、原告の請求が棄却されています(控訴審で一部変更)。

(3) 例えば、平山郁夫画伯の、シルクロードの月の砂漠を行くラクダの隊商のリトグラフ画を思い浮かべて下さい。この絵の夜の砂漠の光景やラクダの姿や商人たちの表情などの具体的表現が保護されるのは当然として、シルクロードの月の砂漠を行くラクダの隊商を美術的表現の対象とすること自体は、アイデアに他なりません。もし、平山作品の保護範囲をアイデアにまで広げると、後発の画家は、そのような図柄で絵を制作しようとするたびに平山画伯(相続人)の許可を得なければならない。これでは絵画的表現の自由が大きく制約され、文化の発展に寄与するという著作権法の目的にも反することになりかねない。

このため、著作権の保護はアイデアなどに及ばないというのが、著作権法の基礎知識の一つなのです。

「著作権法」入門【第3回】

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4 著作権法と意匠法の比較

(1) 意匠とは
意匠法がデザイン保護法であることは前述のとおりです。意匠法が保護の対象とするデザイン=「意匠」とは、「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起させるもの」(意2条1項)とされています。

著作権法は、基本的には文化法(文化の発展に寄与することを目的とする法律―著1条)であり、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著2条1項1号)としての著作物を保護するものであるのに対し、意匠法は、基本的には産業法(産業の発達に寄与することを目的とする法律―意1条)であり、工業的手段によって量産される物品(製品)に表現したデザイン形態を保護するものです。

(2) 登録の要否  
著作権は、創作行為によって何らの方式を要さず「自動的」に発生し、享受できる(著17条2項)のに対し、意匠権は、出願→審査→登録を経なければ権利自体が発生しません。意匠登録の要件は次のとおりです。

① 工業上利用できること

② 新規性があること

③ 創作が容易でないこと(創作非容易性=進歩性)

④ 先願に係る意匠の一部と同一または類似の意匠でないこと

(3) 権利の内容
著作権の内容は、著作権法に人格権・財産権として限定的に列挙されています。これに対し、意匠法には人格権に関する規定がなく、意匠権者は、 「経済産業省令で定める物品の区分」の範囲内で、業として登録意匠(類似する意匠を含む)の実施をする権利を専有します(意23条)。

(4) 権利の保護(存続)期間
著作権の保護は、創作者が自然人である場合、創作の時に始まり、死後50年を経過するまで存続します(著51)。 意匠権の保護期間は、設定登録日から最高20年間(意21)です。

次回から著作権法の具体的な内容に入ります。

「著作権法」入門【第2回】

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3 産業財産権法とは

(1) わが国の現行の産業財産権法(旧称・工業所有権法)に共通する原理は以下の通りです。

ァ  権利主義  国家の恩恵によって権利が付与されるのではなく、知的な創作を行った者が、権利として付与を請求できるという主義(知的な創作とは無関係の商標法を除く)(vs.恩恵主義)

ィ  先願主義  同一発明等が競合した場合、先の出願者に権利が付与されという主義(vs.先発明主義)

ウ  審査主義  国家の審査により、一定の要件を満たす出願についてのみ権利を付与するという主義(実用新案法を除く)(vs.無審査主義)

エ  登録主義  登録によって権利が発生するとする主義(vs.無方式主義)

(2) 産業財産権法と登録制度

以下、わが国の産業財産権法に共通する登録制度を、「特許」制度を例に概観します。
工業所有権法研究グループ編「知っておきたい特許法」(㈱朝陽会)は、1980年に特許庁関係者によって刊行された産業財産権法の概要を示す手頃な入門書です。以下の記述では、同書の対応ページを示しますのでご参照下さい。

ァ 出願
特許を得るためには、発明をした者などが特許庁長官に文書(願書)で出願することが必要です。願書には、「明細書」、「特許請求の範囲」、必要な図面などを添付します。「明細書」は、「発明の詳細な説明」を記載したものでなければなりません(法36)。

ィ 出願公開
特許庁長官は、出願から1年6月後に出願内容を公開します(法64)。この制度は、出願件数の増大が審査の遅延を招き、出願された発明の公表が遅れることによって、重複研究、重複投資という社会全体から見た弊害が生ずることから、これを除去する目的で1970年に設けられたものです。  
公開があった後に第三者が「業として」その発明を実施したときは、出願人は、設定登録を受けた後、その第三者に「補償金」の支払いを請求することができます(法65)。

ウ 出願審査の請求
出願の審査は、陳腐化した出願や誤算的出願など独占的権利を付与する必要のない出願についての無駄を省くことを目的として、出願人からの審査の請求を待って行われます(1970年改正によるもの―法48の3)。

エ 審査 「特許庁審査官」による審査事項は、次のとおりです(法29)。
・ 発明、すなわち自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なものであるかどうか。
・ 産業上利用できる発明であるかどうか。
・ 新規な発明であるかどうか。
・ 進歩性を有するかどうか
・ すでに世間で知られた技術から容易にその発明をすることができるものであるかどうか。
・ 他人より先の出願であるかどうか。

オ 拒絶理由の通知
審査官が拒絶理由を見出したときは、拒絶理由が出願に通知されます。補正などにより解消されれば、特許査定がされ、解消しない場合には、拒絶査定がされます(以上の手続につき、「知っておきたい特許法」図表4(p18)参照)。

「著作権法」入門【第1回】

はじめに
 私が著作権に関する法律実務に携わるようになって、30年以上が過ぎました。その間、何度か、著作権事件の最高裁の法廷に立った経験もあります。
5年前からは、浜松市の静岡文化芸術大学の大学院で、著作権法を中心とする知的財産権法の概論の集中講義を担当するようになり、また、10年ほど前には、武蔵野美術大学で著作権法講座の非常勤講師を数年間務めております。
 民法などの基本法すら学んだことのない院生や学生に著作権という専門化された領域に関する法律を理解させるのは、予想外に難しく、司法研修所や弁護士会で著作権の最新判例の話をする方がはるかに気楽であることが分かりました。
 今回の当事務所のホームページでの「著作権法入門」の企画は、これまでの経験を生かし、法律の「素人」の方々に著作権とは何かという基本的な知識を得ていただこうとするものです。内容が平易であることを心がけますが、「質」を落とすことなく、大学の講義録を下敷きにしながら最先端の話題にも触れてみるつもりでおります。 
みなさんと一緒に著作権法と現代社会との係わり合いについて考える場とすることができれば幸いです。

第1 知的財産権の概要
1 知的財産権とは
 著作権は、知的財産権の一種です。知的財産権とは、A「人間の精神的創作活動によって生じた発明、考案、デザイン、コンピュータ・プログラムや、小説、絵画、音楽のような創作物」と、B「商標、商号のような営業活動における標識」に関する権利の総称です。cf. 図表1:「知っておきたい特許法」19訂版 p3
 Aに属する権利には、発明に関する特許権、考案に関する実用新案権、デザインに関する意匠権、創作的表現に関する著作権などがあり、Bに属する権利には、商標権などがあります。Aに属する権利の中の特許権、実用新案権、意匠権およびBに属する商標権は、権利の発生・取得のために国(特許庁長官)に対する出願~登録の手続きを要し、産業財産権(かつての工業所有権)と呼ばれます。Aに属する権利の中の著作権は、権利の発生・取得のために出願~登録その他の一切の手続きを要しないもので、産業財産権ではありません。

2 知的財産権法とは
 Aに属する法律として、特許法、実用新案法、意匠法、著作権法などがあり、Bに属する法律として、商標法などがあります。なお、Bに属する法律として、不正競争防止法があります。同法は、知的財産に関する具体的権利を定めるものではなく、出願~登録その他の手続きの有無にかかわらず、「営業活動における標識」の不正な使用などを規制するもので、知的財産権法の側面を有するものです。(続く)

中国のインディペンデント映画とその規制(1)

いま、東京渋谷の「オーディトリウム渋谷」で、「第4回中国インディペンデント映画祭」が開催中で、2週間の間に、14本のフィクション・ノンフィクション作品が1日に3、4本ずつ上映。
主宰者は、「ごあいさつ」の中で次のように述べています。
「…中国のインディペンデント映画は、中国人の映像作家たちが自ら作り出した、非常にストレートな映像です。そこには政府の意図も、スポンサーの意向も、外国人の思い込みも入っていない,“個々の中国人が表現したいこと”が写っています。(略)こうした作品は中国国内でも殆ど観ることはできません。上映許可証がなければ映画館で公開できないのは当然ながら、民間で上映会を行う場合などでも、警察が来て突然解散させられたりします。昨年から今年にかけ、南京の中国独立影像年度展、雲南省昆明の雲之南記録映画展という2つの大きなインディペンデント映画祭が中止に追い込まれ、北京独立影像展という映画祭も、政府の圧力を受けて、事務所内での内部鑑賞会という形で何とか継続している状況です。一般の人たちに映画を見せる機会は奪われていると言ってもいいでしょう。」。

中山大樹著・「現代中国独立電影」にも、中国政府のインディペンデント映画に対する検閲について、次のような記載があります。
「…検閲の基準は明文化されておらず、担当者のさじ加減ひとつで非常に分かりにくい。検閲に触れる事項は多方面にわたり、政治批判や性描写、暴力シーンはもちろんのこと、幽霊などのオカルトも禁止だし、同性愛は不道徳ということで許されない。宗教をテーマにしたものも基本的にNGだ。」(p167)。

わが国の映画の規制は、映画界が設立した第三者審査機構である映画倫理委員会(1949年「映画倫理規程管理委員会」として発足)による4段階の「レイティング―rating」という、自主的・間接的なものです。このため、映倫審査を受けずに映画を一般公開する行為について、上映禁止措置がとられたり刑罰が科せられたりすることはなく、映倫審査自体を無用のものとするインディペンデント映画製作者も見られます。これと比較して、中国における映画の規制は、国家系・非国家系を問わず、国家権力による直接的なもので、映画法下の戦前のわが国を思い起こさせます。

以下、「中国インディペンデント映画祭」で観たいくつかの作品の感想を記します。

「自然災害と人的災害」(小林弁護士)を読んで

小林克典「自然災害と人的災害」はこちら

9年前、フィリッピン・セブ島から、最貧の島、サマールのカルバイヨグ市に渡り、数日のback-packingを経て、300キロ離れたレイテ島東北端の州都タクロバン市まで、おんぼろ乗り合いバスで移動したことがあります。タクロバンの海辺のマッカーサー記念公園には、小林弁護士の文中にある”I shall return!”を実現した、金色に輝くマッカーサー軍団の銅像が立ち並んでいました。
 翌日、乗り合いバスで、タクロバンから島北西部のオルモック市に向かったのですが、私にとって、タクロバン、オルモックは、大岡昇平の「レイテ戦記」で、すでにお馴染みの地名でした。日本軍の飛行場や司令部があったタクロバンは奪還され、全島の日本兵たちが、集結地の港町オルモックを目指し山中をバラバラに敗走。正規の戦闘以外に、飢餓やマラリアなどにより、派遣された兵8万4千人のうち、実に7万9千人が死亡し、帰還兵は大岡氏を含めてわずかに2千5百人でした(中公文庫「レイテ戦記」・下・p276)。 私は、オルモックに向かうバスの中で、窓に入る風に乗った敗走日本兵のうめき声を聞く思いでした。

戦後70年。日本は復興して経済大国となったのに、今回の最大の被災地レイテ島もサマール島も、日本人の想像を絶するほど、極端に貧しい島のままです。
朝日新聞の11月17日朝刊1面に「何もかも失った」という見出しでサマール島の写真と関連記事が掲載されています。しかし、「東日本大震災」の被害地の写真(私はその年の8月に気仙沼などを訪問した)とは、明らかに違っている。
道路や路地や 流された家の土台などが写っていません。 がれき(鉄骨、セメントトやモルタルの破片、自家用車の残骸ETC.)の山がありません。 垂れ下がった電線、折れた電柱、露出した水道管などもありません。
この写真は、間違いなく、海辺を占拠する住民が千人規模で暮らすスラムの跡なのです。 同じ場所に立ったことはありませんが、9年前の現地旅行の経験から確言できます。
密集していたはずの「家」は、道路のない湿地に立てた棒に廃材などを組み合わせた、土台のない、文字通りの「ほったてごや」です。電気もガスも水道も届いていない。下水道はなく、排泄物は下に垂れ流して、ブタや魚のエサに。交通手段はせいぜい自転車。道路まで出て10円も出せば、乗り合いのオートリキシャが利用できます。湿地を高潮や津波から守る堤防などあるはずがありません。そうすると、「何もかも失った」という見出しは、現地を知る者にとって、いささか違和感があります。

惨状に接した取材記者は、「何もかも失った」という感傷にひたる前に、少なくとも高潮前の現地がどのような風景だったかを冷静に確認すべきです。そうすれば、自然災害が、失うものすら持たず、1日数十円で暮らす最貧の人々から、最後の、かけがえのないものを奪ったことを理解したはずです。
私たちの援助が「原状回復」にとどまるかぎり、日本は、小林弁護士のいう「人的災害」を与えた加害者としての責任を果たしたことにはならないように思われるのです。

「レーティングシステム」への模索-映画に対する規制(4)

映画に対する規制(3)はこちら

1980年代後半になると、このような検閲に対する映画人の不満がつのり、合理的な検閲制度を確立しようという議論が活発化し、検閲をはじめ、映画製作、配給、上映など、映画システムのあらゆる面をカバーする「映画法」制定の動きが具体化。88年9月、北京で「国務院」、「電影局」の官僚と全国の映画専門家による「立法検討会が開催されます。

1989年5月、「電影局」は「レーティングシステムの導入に関する通知」を発表。同システムの導入は、従来の映画検閲の審査基準を緩めることを意味するものではないとしながらも、エロスと暴力の要素を含む4種類の映画を「16歳以下の少年や児童に適さない」としたうえ、「成人映画」の表示を義務付ける案を提示するもので、中国におけるレーティングシステムの確立に向かう第1歩として注目されました。しかし、同年6月の天安門事件によって、「映画法」制定の動きとともに失効・消滅し、現在に至っています(p188)

筆者・劉文兵氏は、「今こそ、中国にレーティングシステムの本格的導入を検討すべきではないか。」と述べています。

終わり

積み重なった検閲機関ー映画に対する規制(3)

映画に対する規制(2)はこちら

「中国映画の『熱狂的黄金期』」(劉文兵・2012年 岩波書店)は、中国において1980年代に行われていた映画検閲の実態を詳しく報告しています。

これによれば、当時の検閲は、脚本に対する検閲と出来上がった作品に対する検閲の二重構造からなり、映画産業の指導に当たる政府機関「電影局」、各撮影所の検閲部門、撮影所所在地の地方政府という検閲機関が幾重にも積み重なって存在する点が特徴です(p154)。

脚本に対する検閲は、各映画撮影所の企画部によって編集・発行される映画化前脚本の掲載誌について行われます。第1次の検閲権限は、各撮影所に委ねられ、撮影所は、検閲をパスした脚本のコピーと企画書の概略を「電影局」と撮影所所在地の党政府に提出することが義務付けられています。

出来上がった作品に対しても、各撮影所での第1次検閲、「電影局」での第2次検閲(試写室での上映→修正指示→撮り直しなどによる修正)が行われます。「電影局」だけの判断で決められない場合には、上級機関である文化部(わが国の文部科学省)へと移送され、それでも決められない場合、党の指導部の主要なメンバーに最終的な裁可を仰ぐこともあります(p163)。

「電影局」は、映画の題材に応じ、少数民族を描いた作品は民族問題委員会に、学園ものは教育部門にというように、他の政府機関に代理審査を依頼することがあり、それが事実上検閲のハードルをさらに押し上げる結果となっている…。このような重層的な映画検閲制度は、映画業界の自主機関としての映画倫理委員会(映倫)による「レーティングシステム」しか持たない日本人にとっては、想像を絶します。

映画に対する規制(4)に続く

「芙蓉鎮」(謝晋(シェ・チン)監督・1986年)を観て-映画に対する規制(2)

映画に対する規制(1)はこちら

最近DVDで観た「芙蓉鎮」の感想をつけ加えておきます。DVDの包装に記されたあらすじは、次のとおりです。

「1963年、中国湖南省の南にある小さな町、芙蓉鎮。器量好しと評判の胡玉音が営む米豆腐の店は、大いに繁盛していた。夫ともども必死に働いたおかげで店を新築することもできた。ところが、自由化引き締め政策とともに資本主義者と糾弾され、家を没収、夫も殺されてしまう。1966年、文革が始まった。胡玉音は右派インテリと蔑まれていた秦書田と一緒に暮らすようになっていたが、文革の嵐のなかで、さらに厳しい時代を迎えていた。やがて文革が終結したとき…。」
主演女優リュウ・シャオチン(劉暁慶)は、1980年代の中国映画を代表する大女優。当時は鄧小平よりも中国国民に知られた有名人で、その後の私生活上のスキャンダルなどのため、「中国のエリザベス・ティラー」と呼ばれています。

「芙蓉鎮」は、党の地方幹部たちの硬直した官僚主義と人権侵害を暴き出しています。党支配に苦しむ農民の「もう終わりだ、いや終わっていない…。」といううめき声は、帝政ロシア末期の圧政下の農民が発するような現実感があります。それにもかかわらず、この映画が何重もの検閲をパスしたのは、文革の「傷跡映画」として、すべての中国人に共通する「負」の経験を癒す効果をもたらしているからでしょう。

胡玉音夫婦に激しい迫害を加えた女性の党幹部は、文革で一時失脚して紅衛兵に吊るし上げられ、ふしだらな女の象徴である破れた靴を首に掛けられて侮辱されます。女性幹部はこのシーンによって文革の共通の被害者として描かれた後、文革後は人民のために働く「正しい」幹部になることが暗示され、文革前の罪悪は帳消しにされています。

細かい情景では、党の下級幹部・王(女性幹部の情人)が文革期にふりかざす赤い小冊子には「毛沢東語録」のタイトルの文字や毛沢東の肖像は見られません。また、文革終了時に発狂した王がボロをまといながら街中で叫び続ける文革期のスローガンは「政治闘争を続けよう!」であって、「階級闘争を…」ではありません(後者を揶揄の対称にすることが許されるはずがありません)。
「芙蓉鎮」には、「黄色い大地」や「紅いコーリャン」に見られるような映像的冒険はありません。「父もの」的なハッピーエンドの結末もやや鼻につきます。

しかし、この映画が、文化大革命(文革)という政治的・歴史的な大事件を市井の若い女性の目をとおしてリアルに描く、重厚な作品であることは、まぎれもない事実です。

映画に対する規制(3)に続く